ヨルダン戦を改めて振り返ってみたい。この敗戦を、本田圭佑の不在だけで片付けるのは性急だろう。
 
多くの選手たちや、解説の中山雅史氏らも述べたように、立ち上がりの日本は決して悪くなかった。距離感もよく、連動もしており、シュートチャンスもあった。しかし、シュート意識の低さや、「僕らがもっと点を取っていれば勝てた試合だし、それに尽きる」と香川信司や内田篤人が嘆いたように、決定力不足を露呈してしまう。そして、決める時に決められないと、「サッカーのゲームというのは、いくつかのエピソードで成り立っている」(ザッケローニ監督)との言葉どおり、「我々はPKを失敗してしまった。ヨルダンはチャンスをすべて決めてきた」という典型的なパターンで敗戦を喫してしまった。
 
とは言え、その“エピソード”は変えられないものではない。そのために、選手交代というオプションがあるのだから。

2失点目を奪われ、すぐにハーフナー・マイクを投入したのは結果的に当たりだったと思う。マイクの動きが囮になり、香川のゴールが生まれた。反面、駒野友一や、残り4分という時間しか与えられなかった乾貴士は、効果的だったとは言えない。
 
特に乾は、カオスの状態に放り込まれたようなものだ。日本は徐々に、シンプルにマイクにクロスを入れるようになり、C大阪で乾と香川が魅せていたような距離感のない単調な攻撃となってしまっていた。中山氏が「マイクに放り込むのはまだわかる。ただ、そのセカンドボールを拾わないと」と指摘したように、マイクや“タレント”が脅威となる攻撃を構築できなくなっていた。
 
もちろん、敗因はひとつではない。シュートやセットプレー、一対一の守備など、選手たちがクリアしなければいけない課題もあった。一方で、ブレイクするような新戦力が出てこないのはザッケローニ監督の問題でもある。それがないとチームが停滞するのは史実が物語っている。ドイツW杯時の日本にはそれがなく、南アフリカW杯にはそれがあった。
 
6月から続く、残り2戦となったW杯最終予選、そして世界に続くコンフェデ杯。特にコンフェデ杯では、セレクトや交代を含めた『監督力』が問われてくる。当然、結果次第では、ザッケローニ監督も安泰ではない。
 
◇著者プロフィール:石井紘人 Hayato Ishii
C級ライセンス・三級審判員の資格を持つ。自サイトFootBall Referee Journal(fbrj.jp)にて審判批評、フットボールに関するコラム、さらにメルマガなどを配信。審判員は丸山義行氏から若手まで取材。中学サッカー小僧で『夏嶋隆氏の理論』、SOCCER KOZOで『Laws of the game』の連載を行なっており、サッカー批評などにも寄稿している。著作にDVD『レフェリング』『久保竜彦の弾丸シュートを解析』。ツイッター:@FBRJ_JP