[CL]ドルトムント対ベンフィカ、ホームアドバンテージを考える

●セカンドレグをホームで戦うことのアドバンテージは?

チャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦、ベンフィカとのファーストレグを1−0で落としたドルトムント。スタジアムを埋めたサポーターはキックオフ前からいつも以上に興奮状態だと感じた。こういうビッグマッチになると記者席が足りず、オブザーバーシートとして、メインスタンド観客席のチケットを割り当てられるケースがある。2015年2月のユヴェントス戦のときと同様(ファーストレグ2−1、セカンドレグ0−3)、この日も年配のサポーターに囲まれ、試合を見た。

アウェイで1−2と善戦して迎えたユヴェントス戦前の観客席は堅さや緊張感が漂っていた。しかし、アウェイを0−1と落したこの日はサポーターにもあとが無いという切迫感みたいなものがあったのか、「声の限り力を送ろう!」「俺たち私たちがついているぞ!」という想いとともに、「必死さ」が漂っているようにも感じた。

キックオフすると座って観るのが欧州での基本的なマナー。にもかかわらず、開始直後にベンフィカが自陣に侵入し「かけた」だけで、サポーターは一斉に立ち上がり、手を叩き、声を張り上げていた。

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VIVA! ROASSO 熊本地震からの歩み 

第12回「再出発への決意。」 文・山雄樹


熊本地震発生から1週間となった4月21日、天気は雨だった。
アンデルソン、キムテヨンといった外国籍選手、また、サンフレッチェ広島ユースの練習に参加し、コンディションを整えながら、自家用車に食料などの支援物資を積み込み、陸路、熊本に向かっていた佐藤昭大など、一部を除くほぼ全員の選手が、熊本県民総合運動公園内にあるクラブハウス(スポーツ交流館)に集まっていた。

熊本を訪れていたJリーグの原博美副理事長や職員から、支援の提案をきき、清川浩行監督をはじめとするチームスタッフ、池谷友良社長らクラブスタッフからは、今後の活動方針について、いくつかの選択肢を示され、選手たちは、徹底的に思いの丈をぶつけ合った。

その話し合いを受けての記者会見が午後4時から開かれるということで、熊本県内の放送局や新聞社だけでなく、中央のメディアも含め50人ほどが、クラブハウスの一室に集まっていた。依然、私が勤務する熊本放送では、未曽有の被害や、刻々と移り変わる状況などによって混乱が続いていた。私が、この取材への出発準備を進めようすると、ニュース番組を制作する報道部を指揮するデスクのひとりから「スポーツだからと言って、何でもかんでも取材に行かないでくれ!」と罵声を浴びた。

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第11回「 葛藤のなかからスタートした復興支援。」 文・山雄樹


熊本地震の直後、ロアッソの選手の誰もが抱いた思いは、「こんな時にサッカーをしていいのか」という葛藤だった。選手たちは2016年4月14日の「前震」発生から5日、より大きな被害をもたらした16日の「本震」発生から、わずか3日後の19日、阿蘇くまもと空港に程近い益城町のホテルの駐車場などに避難していた子どもたちと一緒にボールを蹴った。

その時、巻誠一郎は「サッカーやっていいのかなという思いもあったけど、でも、こうやって、サッカーやらせてもらって、子どもたちが、すごく笑顔でやってくれた。子どもたちも、もちろん楽しかったでしょうけど、僕ら選手も、ひさびさにサッカーやらせてもらって、本当に楽しかった。逆に、僕らも、すごくパワーをもらいました。子どもたちが笑顔になると、大人も自然と笑顔になって、気持ちもちょっとリラックスできたり、ポジティブな気持ちになれたりする」と語った。

「被災地となった熊本のために、自分たちサッカー選手に何ができるか、何をすべきなのか」を、手探りで探しながら、一歩一歩進んでいった。「スポーツの力」を信じて。

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「これは熊本の方に」。
タクシー運転手の男性が封筒を差し出した。封筒の中には紙幣が入っていた。12月25日(日)、京都市で行われた全国高校駅伝。私が勤務するRKK熊本放送でも毎年、熊本県代表校の密着取材を行っていて、14年連続で都大路を訪れている。レース中はスタート・フィニッシュだけでなく、京都市営地下鉄や阪急電車、そして、タクシーなどの交通手段を駆使して、綱渡りのスケジュールで、沿道や中継所などを回って、撮影する。毎年、利用しているタクシーがあり、その運転の熟練度は実に頼りになる。

今年、男子の熊本県代表校は13年連続36回目の九州学院。これまで準優勝が2回、悲願の優勝を目指して今年のレースに臨んだが、結果は3位。熊本地震の影響で、4月15日から休校、授業が再開されたのは、5月9日、25日ぶりのことだった。休校中、学校は、行き場を失った被災者を受け入れた。使用できなくなった校舎もある。選手たちは、満足に練習が積むことができなかった。それでも、選手たちは「熊本の人達に元気を届けたい」と、7区間42.195kmに懸命に襷をつないだ。優勝こそならなかったが、去年の準優勝に続くメダル獲得。2時間3分51秒というタイムは、熊本県勢歴代2位のタイムだった。

決して地震に負けない高校生たちのひたむきな姿に心を打たれたタクシー運転手の男性は、私に熊本への寄付金を託してくれた。熊本地震発生から8か月以上がたった今でも、こうした支援をいただくことを、ものすごくありがたく思う。

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VIVA! ROASSO 熊本地震からの歩み 10

第10回「 清川浩行監督ロングインタビュー」 インタビュアー・山雄樹


ロアッソ熊本清川浩行監督――まずは大変なシーズン、本当にお疲れ様でした。
清川 お疲れ様でした。
――今、振り返って思うことはどんなことですか。
清川 いろいろあった年だし、それはチーム限らず、熊本の皆さんも含めて大変な1年だったっていうのは感じています。
――チームは、11月20日の最終戦(第42節セレッソ大阪戦)を終えて、1週間のオフ(11月21日〜11月27日)を取られました。監督は、この1週間、どう過ごされていたのですか。
清川 ほぼ家にこもっていました、何もせず。
――「何もせず」、ですか。
清川 ゆっくり日帰りで温泉に行くとか、その程度です。あと、何をしていたって、ほぼ何もしていない状態のほうが多かったです。
――よく眠れましたか。
清川 寝たっていうより、昼寝の方が長かったです。夜は夜で(シーズン中は、準備作業などで遅い時間まで起きていることが)染み付いている部分があるので、朝、目が覚めてしまうところがあって起きる、その原因も昼寝が長すぎたからかもしれないですけど、そんな感じでした。


全員の力で手にした残留
――シーズンのお話を伺います。まず、チームの成績としては12勝10引き分け20敗、勝点46で16位、得点38、失点53という成績でした。成績についてはいかがですか。
清川 満足行く結果ではないし、チームで立てた目標にもほぼ遠いところの数字なので、そこの結果は自分の責任だと思っています。最低限の目標であるJ2に残留できたというところは、最終的にはありますけど、勝敗という勝ち負けのところでいくと、もっともっと頑張らなきゃいけなかったかなと思っています。
――それでも、J2残留というのは、このクラブの池谷友良社長も、「J1昇格プレーオフ進出ぐらいの価値があるもの」だと話していました。それから、リオデジャネイロオリンピックで日本代表を率いた手倉森誠監督も、東日本大震災のときに、ベガルタ仙台を指揮した経験から、「ロアッソだけが被災する、選手たちも傷ついている。そんな中で戦うということは、ベガルタ仙台のときとは比べものにならないぐらい大変だ」と語っていました。
 その中での残留というのは、ものすごく価値があることだと思いますが、いかがですか。
清川 そう言っていただければ、最後に、大変な時期を選手が乗り越えて全員の力でJ2に残留できたというのは、大きかったと思います。個人的には、自分の責任というのは大きかったし、J2に残れたのは、選手のおかげだと思っています。
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【アルビレックス新潟 田中達也 連載コラム26】ReSTART

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第26回「僕も負けてられない」仲間の活躍を力に



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言葉で伝えることの難しさ

 12月上旬から、JFA公認B級コーチ養成講習会 を受講しました。5日間の講習が2回。朝8時から昼食を挟んで夕方5時くらいまでみっちり授業があります。夕食後も7時くらいから夜の講義があり、毎日クタクタでした(笑)。グラウンドだけでなく、いわゆる座学もあり、こんなに勉強したのは高校生以来かもしれません。
 昨年のC級コーチ養成講習会でも感じたことですが、指導者に求められ重要なのは、いかに“言葉”で伝えられるかということ。効果的なタイミングで、簡潔に、的確に、伝わる言葉を選び、発信できるかが大切です。
 指導者講習会を受けることで、選手としてプレーしているのとは違う角度でサッカーを捉え、整理できる部分があります。だけど、言葉にするのが一番大変だと感じるし、毎日が緊張の連続です。でも、それが新鮮だし、良い刺激になったのも事実ですね。

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第9回 「巻誠一郎選手ロングインタビュー」  インタビュアー・山雄樹

当たり前じゃないときに気づくこと
――今シーズン、お疲れ様でした。
 お疲れ様でした。
――きょう(12月9日)で、今シーズンの全体練習が終わりました。どんな気持ちですか。
 やっと1年が終わったかなというような気持ちです。
――「やっと終わった」ですか。
 満足感は、今シーズンに関しては、あまりないかなとは思います。それでも、プロ選手として1年、1年を全力でやっているので、やり切ったなという思いもあります。そういう気持ちは、ちゃんと一旦は持たないと、次につながらないので。取りあえず、「1年間、自分、お疲れ」みたいなところです。

――今年も、全力でしたよね。特に、本当に今年は、ピッチ内でもピッチ外でも。
 そうですね。それがいつも心掛けていることですが、サッカー以外の部分でもやれることは、やれるだけやりたいなとは思いながら、いろんなことをやりました。
――僕らも、取材中に、巻選手の言葉に救われたところがたくさんあって。
 本当ですか。ありがとうございます。
――例えば、8月の中旬、熊本地震から4か月たったときに巻選手が、「きつい、きついでは、今まで何だったの?と、地震に負けたような気持ちになってしまう。こういう気持ちが芽生えたとか、こういうものが生まれたとか、そういうことが大事なんだ」ということを話してくれて、その通りだと思いました。
 自分の中でも毎日、全力ではやっていましたけど、サッカー選手としては、淡々とトレーニングをして、試合をして、過ぎていく中で、非日常というか、当たり前じゃないことが起こりました。そういう中で、僕自身も、いろいろ考えていました。

――「いろいろ考えた」というのは?
 サッカーに取り組む姿勢も、もちろん毎日、全力でやっていましたけど、「普段のトレーニングから全力でやっているの?」とか、「試合の中でも最後の1分、1秒まで走れているの?」とか、考えました。
 今までも、スタジアムを使えるのが当たり前、たくさんの方が応援してくれることが当たり前、とは思っていませんでしたが、どこかで、普通に試合はできる、スタジアムは使えるっていうのがスタンダードになっていた部分がありました。それができなくなったときに、人間って本当にそういうものに気付くんです、当たり前じゃないということに。
 そういう感謝の気持ちを持つこともそうですし、試合を観に来てくれる人たちは、自分も被災してきつい中で、僕らを応援しに来てくれました。その人たちが、試合を見てくれたときや、練習場に足を運んでくれたときに、何を思って帰ってくれるかということも、すごく大事だと思います。震災のときに思ったのは、「いきなり何かをやろうと思ってもできない」ということです。
 特に、気持ち的の部分で、日頃からしっかりと緊張感を持って、「人のために何かをやろう」という心構えを持っているとか、他人とコミュニケーションを取るとか。
 そういった日頃の積み重ねが、あの地震のときに、すごく僕の役に立ちました。だから、日々の1分、1秒にしても、何気ない会話にしても無駄じゃないんだな、ということを、すごく感じました。

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第8回 「復旧、復興とクラブと私。」その3  文・山雄樹

熊本地震の経験から得たものとは、そして、やるべきこととは。

熊本地震の後、早期のリーグ戦復帰にむけて「選手の家族の安全や安心を担保したうえで、県外に拠点を移し、サッカーができる環境をつくる」ことを提案したクラブのトップである池谷社長の想像以上に、選手達が熊本を思う気持ちは強かった。

なかでも熊本県宇城市出身の巻誠一郎が抱く、その思いは人一倍だった。地震発生後、クラブハウスで、選手、チームスタッフ、クラブスタッフが集まり、今後の方針を話し合った4月21日、巻は「僕の大好きだった熊本の街や皆の笑顔が失われていく」と涙ながらに話すほど心を痛め、「本当に熊本が大好きなんで、感情を抑えられません」と嗚咽を漏らした。

だからこそ、巻は、地震発生後、すぐに救援物資の受付拠点を設け、自家用車を走らせ、避難所などを回って被災者に物資を届けるなど、ピッチの外でも先頭に立って奮闘した。

シーズンを通して、巻の言葉には、さまざまな経験をした者にしか語ることのできない重みがあった。シーズンが終わった今、巻は強調する。「震災が起こって、自分達が、何ができて何ができなかったのか、こういう経験ができたということが、今後、自分達の中で、どういう風に財産として感じて、次の一歩を踏み出すかがすごく大事だと思います。これから先、何ができるかが大事なんでしょうね。もちろん、ここのクラブを去っていく選手もいるし、選手も変わるし、いずれは、会社のスタッフや、僕らもいなくなる存在ですけど、それでも、ロアッソというクラブは残っていくんですよ。その時に、地震が起こったということは、クラブの歴史に絶対刻まれるわけですよ。その後に、僕らがどういう行動をして、どういう試合をして、どうサポーターと向き合ったか、今後のロアッソの歴史になっていくわけですよ。未来をどういう風につくるかというのは、これからの僕らだと思うんですよ」。

12月9日、今シーズンの最後の全体練習が終わった後、行ったインタビューは、アナウンサーという「伝え手」の私にも、大きな意味があるものだった。
(45分間に渡るこの巻誠一郎のインタビューは、後日、全文を掲載する。)

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