Jビレッジから日本を考える その2

刈部:Jビレッジの話だけでなく、原発、震災に関して、今はいろんな形を変えて言わないとわからない、あるいは伝わらないってところがあると思います。何度も繰り返す必要があると思いますね。

木村:ええ、大事なことは言い続けないといけない。このあいだの選挙もそうですけれど、日本人は忘れやすい民族で、震災も原発も忘れたのかと思うような結果ですからね。

刈部:今回の選挙の結果というのは、「貧すれば鈍す」で、鈍した人たちが動くとこうなるんだという例です。完全にお金のために「票を買った」というのがはっきりわかります。自分たちの仕事がこれでできると一部の人達は思ったわけですからね。

木村:さらにいうと自民党が伸びたわけじゃないんですよね。他の政党に絶望して投票自体を辞めた人が多くいた。それで相対的に自民が圧勝した。

刈部:そこが、小選挙区制という制度の在り方の典型で、一方的にどちらかが勝つという問題が露骨にあらわになりましたね。

 ところで、Jビレッジの話に戻りますが、Jビレッジそのものの考え方としては、復興、あるいは再開への目処はどんなふうに考えているんですか?

木村:昨年2012年は株主総会を2回やって、復興計画案というのが取締役会で出されて承認されましたが、あえて年限がいれなかったと。

刈部:収束に関しては、誰もいえないところありますからね。

木村:年限を入れると拙速になる可能性もあるし、それに縛られる可能性もある。

 廃炉にいつできるかは神のみぞ知るという事故であと30年掛かるとも言われています。東電は国会事故調査委員会に虚偽の説明をして視察を断念させ、結果的に調査を妨害していた。むしろ国と東電がこれで「終わった」といっても信じられませんからね。去年野田前首相が「冷温停止状態」というわけのわからない収束宣言を出したじゃないですか。言語としても滑稽で地元の人は誰も信じていない。現実には何も解決されていないのですから。

 逆に言うと本当に収束したというのでなければ、Jヴィレッジを返しちゃいけない。もっと言うと、Jビレッジがまだサッカー界に返ってきてないということは、福島の問題が終わっていないということなります。

刈部:そういう考え方が一番正しいですね。

木村:そんな意味でも、前福島県知事の佐藤栄左久さんが言うように、確かにJヴィレッジは復興の北極星になって行くと思うんですよ。東電の企画調整部長にも、どういう風に見ているのか話を聞いたんですが、東電側はまだ将来的なことはわからないと言っています。だからこそ、Jヴィレッジで定期的に会見をやるべきだと思います。今は各マスコミの支局があるのは福島市ということで、福島で行なっているということですが、それはまた現場と乖離して政治の話になってしまう。本来は前線基地でやるべきでしょう。そのための復興本社だし、それで来ない記者は相手にしなければいいんです。

刈部:ファックスなりメールなりで、何日にやるぞってすれば、かなり事前に知らせることはできますから、来ないのは別の理由しか考えられませんよ。

木村:支局があるからというのは、記者クラブの肯定でしかないです。むしろJヴィレッジの中にフリーも顔を出せるようなプレスルームを作って欲しい。それだけ注視すべき復旧作業でしょう。そこから定期的にメディアバスを出してイチエフ内でこういう作業をしていますという開示をしていかないと。作業員の人にも会見に来てもらって話を聞きたいし、そこまでやらないと、東電の情報発信の信用は地に落ちています。

 被災地の方は、建屋が爆発したときにSPEEDIの情報を出さなかったことに対してものすごく腹を立てています。あれをしなかったから、むしろみんな線量の高い方に逃げて余分な被爆をしたわけです。

 2001年2月に福島県で原子力政策を検討しなおそうとしたら、3月に経産省の資源エネルギー庁が双葉郡の全2万2000戸にパンフレットを配布しました。これは、保安院を新たに設置して原発に対する万全の安全規制体制を敷いたことを強調したものでした。ところがご承知の通り、この保安院は経産省の内部の組織で安全を規制するどころか、内部からもたらされた告発リークを逆に東電に流したりしていたわけです。東電はそこで検査結果を改ざんしていた。取り締まる側と取り締まられる側がグルになっていた。こんなことをさんざんやってきてそのあげくの事故です。エネ庁のパンフを配られた双葉郡の人たちは今、もうそこに住めなくなっています。福島復興本社はここで本当に信頼を回復しないとだめでしょう。

 しかし、サッカー批評にも書きましたけど、アエラの申請で単独インタビューを取った後に、そこで使っていない質疑の部分を批評に書きますと部長にメールしたら、「それは困る、出さないで欲しい」と広報が言ってきました。愕然としました。この期に及んで何という官僚的な体質の会社なのか。サッカー批評からも何度も東電への取材申請はしていましたし、まずは「それはどんな雑誌なのか?」という問い合わせから始まるのならまだ分かります。しかし門前払いのようにいきなりこれはアエラの取材だから他には出して欲しくないと言われたわけです。復興本社の立場のある人間が公式に発信した言葉はただ一媒体に対して向けたものではないでしょう。発言はそのメディアの向こうにいる国民、全ての人々に向けて出されたもののはずじゃないですか。

 キングカズの言葉を思い出しましたね。彼はいつもメディアの向こうのサッカーフアンに向かって話をしているという。

 これではアリバイ的にマスコミに答えたとしか思えない。結局、食い下がってOKを取ったのですが、インタビュー対応には真摯なものを感じていただけに暗澹たる気持ちになりました。今、思うんですが、他に出すなと言われて私がOKを取らずに出していたら、どうするつもりだったのでしょう。他紙に出したから以降は取材拒否とでもして罰したのでしょうか? そんなことで罰していたら本当に世界に恥を晒しますよ。

Jビレッジは避難所として想定されていたのか
刈部:ところで、Jビレッジそのものというのは、もしものことは考えていたんですか。

木村:それはさすがに否定するだろうなと思って、東電にあてたんですけど、やはり予想通りでした。原子力行政は120パーセント原発は安全と断じ切っていたわけだから、何かあったときの復旧前線基地なんてことを言ってたら、やっぱり想定していたじゃないかと言われてしまう。想定外と言っているけど、ヒューマンエラーも含めてあり得るわけですね。

 刈部さんが95年に書いた週刊プレイボーイを読み直していたんだけど、当時代表だったMFの北沢豪(現解説者)がずいぶん良いことを言っていて、何十年先に何かあるかもしれないところに、Jビレッジを作るのはどうなんでしょうね、個人としてはやっぱり困りますよね、と言ってるんですよね。北沢選手の言ったとおりですよ。未来をつなぐべきところにああいう事故が起こって、結果的に機能できなくなっちゃった。130億円かけて機能したのが16年間です。本当のことを言うと大熊町に作りたかったと佐藤栄佐久さんは言われていたので、それであれば原発のすぐ近くで完全にアウトだったけれど、まあ、ぎりぎり今20キロのところにある。

刈部:それは想定していたんじゃないかな。

木村:事故をですか?

刈部:私が取材に行った当時は、まだ雑木林でした。確か、予定地のような看板があって、ロープのようなものが張られていたように思いますね。案内してくれた人が、向こうにありますよと教えてくれました。20キロだから、原発は見えませんでしたが、あの向こうに何かあるなって感じましたね。すぐに近くに火力発電所がありましたが、その距離感などを考えると土地の持ち主うんぬんとかがありますけど、万万万が一のときには使えるぞというのがきっとどこかにあったと思いますね。

木村:それを意識しての設計になっていたら確信犯ということになっちゃいますよ。

刈部:というか、そこまで本当は考えていなくてはいけないことじゃないですか。

木村:原発の何が嫌いかと言うと、実は自分は安全論争には全然興味は無いんです。リスクというのはどんなものにもあるわけでね。原発を聖域化している政治が大嫌いなんです。まず原発ありき。こういう言い方は乱暴かもしれないけど、全部情報を開示して、原発はこれだけ危険だし、廃棄物も未来永劫出続けるけどどうする? それでも選ぶというのなら、そのリスクもみんなでシェアするという覚悟の上で稼動させればいい。でもそうじゃなくて安全神話を植えつけられて、最初から国策で原発が真ん中にある。

刈部:選択の余地がないですからね。

木村:これだけ電気依存の生活形態になると電気代はある意味税金以上の存在です。例えば米国のアーミッシュのように生活しようにももはや電気のない生活は考えられない様式になっているので、人質にとられているようなものの上に、1社独占企業だから、逆らいようがない。Jビレッジも東電が福島県に寄贈したように言われていますけど、東電が内部留保を崩してプレゼントしてくれたわけではなく、実際は電気代に上乗せされて関東の消費者が払っている。

刈部:だから、我々には言う権利がありますよって思います。

木村:ありますよ。税金はどういうふうに使ったかを情報開示されるけれど、電気代というのはそうじゃない。だからこそ、作ってしまった以上、Jヴィレッジがどうなって行くのかというのは見届けなきゃいけない。

刈部:たしかにいろんなことを示してくれますしね。
 当時、東北人魂とかサッカー選手が言いだしましたが、それってこころからサッカーを楽しむようになれないからというような思いがあったのかなと考えざるを得ないですよ。特に中心メンバーで、被災地に近いところにいたアントラーズの小笠原を見ているとね。彼の2011年の成績とか言動を見ていると、相当な打撃があったなと思えますよね。もちろんスポーツですから、出来不出来なり、好不調の波はまた別の問題としてあるとしても、彼を見ていると相当深く受け止めたことが。やっぱり身体を動かさなかったのかなというように見えましたね。

木村:実際に被災地に行くと、彼はものすごく頻繁に訪れていて、積極的に活動をしていましたね。

刈部:だから、決してそのイベントなり、パフォーマンスとしてそういうことを考えているんじゃなくて、小笠原がああなったことはもうちょっと考えたほうがいいんじゃないかなぐらい思いましたけどね。

 震災直後の遺体が散乱している写真をあえて発表する人たちがいるようですけど、ショックの有り様は計り知れないところがあると思います。戦争以外でそういったものを見るというのはそうそうあり得ないことですからね。だから、それを目の当たりにした人たちがどんなことを感じ、どうしたらいいだろうかと思ってことは考えるべきで、公表することに僕個人としては賛成できないんですね。最近も、どこかのアナウンサーが当時現地の取材をしていてショックを受けて……。

木村:ウツになったとか

刈部:そんな話を新聞かなんかで見たことがありますけどね。それぐらい重いこと、大変なことに思えるんで。そういうことを抜きにして、復興とは簡単に言えないだろうし。そういうことと同時にやっぱり人がいなくなっちゃう地域ができちゃう、という原発の恐ろしさ、それはシンプルにもう1回考えたほうがいいんじゃないのって思いますよね。

木村:尖閣とか竹島の件は外交上のテクニカルな問題であることも注視しなくてはいけない。一方で福島は本当にいまリアルに人が追われているということを考えないと。安直なナショナリズムを煽る風潮で忘れさせられてしまうというのが非常に危険だと思いますね。

刈部:ショックだったのは、尖閣を買うためにあっというまに14億円が集まったとか言われたときに、それって何なんだろうなって。震災復興に集まった金額に比べれば、と思うけど、集まった速度とか、何をするのかわからないのに集まったことを考えるとこの国も変わったのかと思いますね。

木村:あの金はどうなるのか。

刈部:基金にするとかわけのわからないことになってる。でも、返せないと都は言っているわけで何だろうと思いますね。法律の盲点をついているところがあるじゃないですか。所有者がいる島だから、そこから買えば自分のものになる。それはちょっと公人のすることとは思えません

木村:資金は集まったけど、あの米国ヘジテイト財団での石原都知事(12年当時)の発言で日系企業は14億以上の被害を受けたわけでしょう。国益を考える政治家はむしろ安手のナショナリズムを冷静に止める側じゃないですか。

 在特会みたいなレイシストの団体が街中を闊歩するだけでも日本の恥ですよ。東京五輪招致で来日したIOCの視察団はあの在特会のヘイトスピーチを見聞したら何と言っただろうか。「韓国人を殺せ」とプラカードを掲げて、韓流ショップに入って、店員に「竹島はどこの領土だ」と詰問して虐める。五輪精神から最も外れた腐った排外主義を。

刈部:煽る側になっちゃいけないですね。

木村:ああして煽る公人というのは流されやすい人たちにとっては本当に麻薬みたいなもので、一瞬気持ち良くしてくれる。だから求心力を得る。それが分かっているから、スタンドプレーをする。

 ユーゴでクソみたいな政治家とレイシズムとポピュリズム、その構造の正体を見てきました。その都度こんなフィクションみたいな線引きでなんで隣人を追い出したり、殺さなければいけないんだと憤っていました。それを止めるのが本物の国士であり、本物の政治家だと思うわけです。

 かつてコソボで「もう君たちを殴らせはしない」とセルビア人に演説して、アルバニア人の自治権を剥奪したスロボダン・ミロシェヴィッチは、機会的ナショナリストと呼ばれているんですが、石原前都知事の手法に似たものを感じます。本物の右翼ならば原発に反対する。大和は国のまほらばでしょう。その美しい国土を放射能で荒廃させているわけだから。

刈部:実際にそうでしょ。ゴーマニズムの彼なんかもいまや、反原発を一生懸命言っているわけだし。本当にシンプルに考えていけば、日本の国の有り様と原発って矛盾はあるでしょ。

木村:日本は八百万の神の国なわけで、自然を愛でてきた民族ですからね。秋の虫の歌なんていうのは、鈴虫もクツワ虫も聞き分けている。

刈部:自然に対する敬意とともに生きてきたからね。


これからも見守る
刈部:Jビレッジのことに話は戻りますが、これからも定期的に?

木村:できる限り足を運びたいと思っています。

刈部:木村さんの本ができるときは、Jビレッジがまともになったときと考えればいいのかな。

木村:どうなんですかね。メルトスルーしたわけだから、こればかりはいつまでかかるのか想像もできません。でもだからこそ復興のシンボルとしてJヴィレッジを見続けないといけないと思います。

刈部:そうですね。僕もしっかりとJヴィレッジのことは見守りたいと思いますし、忘れてはいけないことが多々あると思うので、何あったら、教えて下さい。ありがとうございました。

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