09_tatsuya_1FW第1回「アルビの達也として」


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「アルビレックス新潟の田中達也です」
 移籍が決まったとき、ちょっと小さな声でそう言ってみた。ずっと浦和レッズでプレーし続けてきたから、少し恥ずかしさもあった。でも、新しいクラブのユニフォームだけじゃなくて、この新しい挨拶も、日に日に馴染んでいくはずだ。

 2001年から在籍していた浦和レッズから、契約を延長しないという話を告げられたのは昨年の秋。ずっとレッズでプレーしていくことしか考えていなかったから、ショックはもちろんあった。でも、ここ数シーズンは、負傷やコンディション不良に悩まされ、2012年は大きな負傷をすることなくシーズンを終えられたけど、試合になかなか出られなかった。
 クラブからは特別な理由説明はなかったけれど、レッズでプレーできないというのなら、それはそれでしょうがない。僕がやるべきことは、明日のことを考え、前進するだけだ。
 ホームでのリーグ最終戦後、埼玉スタジアムを埋めたレッズのサポーターが僕に贈ってくれたエールは、新しい挑戦をするために必要な勇気とパワーになった。本当に嬉しかった。

 移籍をするうえで、不安があるとすれば、人見知りな僕の性格のことだった。
 家族はしっかり者のカミさんにまかせていれば、安心だけど、僕自身の性格は、自分でどうにかするしかない。「新しいチームメイトとうまくやっていけるのか。孤立してしまうんじゃないか」と弱気になることもあった。
 しかし、アルビレックスへ合流してから1カ月以上の日々が過ぎて思うのは、「心配は無用だった」ということ。さすがに僕もプロ入りした18歳ではなかった。新しい環境では、自然と仲間の輪に溶け込めた。もちろん最初の数日間は緊張感があった。若い選手も「浦和レッズの田中達也だ」という風に少し距離をとり、僕のことを見ていたかもしれない。でもそんな壁はすぐに消えた。
「達也さんって、もっと話とかしづらい人かと思っていたけど、全然平気っすね」
 帝京長岡高校出身である小塚和季がそういって笑う。もちろん小塚に限らず、誰もがどんどん話かけてくれた。そして、僕もどんどん周囲に話しかけている。それは、「僕も大人になったなぁ」という新しい発見だった。

 新潟は雪の多い街だ。だから、シーズン前のキャンプも、静岡、高知と長期間におよんだ。そんな環境もまた、新加入の僕にとっては、プラスになったと思う。一日中、チームメイトと過ごせたことは大きい。ピッチ上でも積極的にコミュニケーションを積み重ねた。ピッチ上で気がついた点を宿舎へ戻ってから確認しあう。そうやって新しいチームメイト、新しいサッカーと自分をなじませていけた。
 
 2月24日の清水エスパルスとのプレシーズンマッチでは、先発で起用してもらえた。ゴールを決めることは出来なかったけれど、自分なりの手ごたえはつかめた。これからもっともっと良くなっていくだろうし、そうしなければいけない。

 清水戦後の最終合宿は、地元新潟へ戻って行うことが発表された。
「サポーター有志がボランティアでピッチの雪かきをやってくれるから、雪は大丈夫だと思うよ」
 スタッフの言葉に驚いた。サポーターやファンがチームのために力を貸してくれる。町全体がアルビをサポートしてくれていることを強く実感した。雪かきをしてくれるなんて、最初は驚いた。でも、そんな風にバックアップしてくれるサポーターやファンの存在は、本当にうれしくなる。

 3月2日のJリーグ開幕戦でも先発で出場できたけれど、結果を残せなかった。10人近い数の新加入選手がいるチームだから、簡単にうまくいくほど、サッカーは簡単じゃない。でも、勝利という結果が出れば、チームも波に乗れるはず。そのために僕がゴールを決めたい。

 レッズを離れることになったとき、「もうサッカーが続けられないんじゃないか」という思いがふとよぎった。クラブからオファーがなければ、プロの道は閉ざされる。そんな当たり前の現実を改めて知った。そして、そういうときにアルビレックスからのオファーが届いた。
 もう一度、プレーをするチャンスを与えてもらえたことへの感謝の気持ちは、言葉では言い表せないほど特別な思いだ。だから、アルビレックスへ恩返しがしたい。ゴールを決めて、サポーターやファンから、「アルビの達也」として認められる仕事をしなくちゃいけない。

【構成/寺野典子】