何が商品なのか。
そこが育成段階での欧州や南米と、日本の最大の違いである。
欧州や南米では、選手が商品だ。育てて高く売れればクラブが潤う。商品だから投資もするし、個々の特質を見極め、売り時に最も輝けるように丹念に育てる。またそれを繰り返してきているから、いつどんな負荷をかけ、何を我慢させるかもわきまえている。

ところが日本は、今のところチームの方が商品になっている。最も顕著な例が私立高校だ。間もなく全国高校選手権が始まるが、私立高校がサッカーを強化するのは、学校の名前を売るためである。雇われた監督も、チームを勝たせることで自分の評価が上がる。
またジュニアユース以下だけで運営しているクラブも似たような状況にある。クラブが成立するためには、たくさんの、出来るだけ優秀な子供を集めなければならない。一方で子供を託す親は、良いチームかどうかを、強いか弱いかで判断しがちだ。だからクラブも勝ち続ける必要がある。

もちろんチームを強くするのは、必ずしも悪いことではない。しかし勝つために最も手っ取り早いのは、やるべきことを統制し、徹底させることだ。語気を荒げて無条件に従わせる。だから日本のユース以下のチームは、欧州の名門クラブと対戦しても好勝負を演じる。だが欧州側の目には「日本の子供はロボットみたい」に映るのだ。

先日「サッカー批評」の仕事で、オランダ1級ライセンスを持つ林雅人氏に話を聞く機械があったが、現地では指導者の知識の押しつけは「初歩的なミス」と考えられているそうである。
「引き出しが少ないと、他の選択肢を我慢強く問いかけるような指導が出来ない。言われたことがそのまま出来ても、それは“よくやった”ではなく、“よく聞いた”に過ぎない」

もちろん私立高校やジュニアユース以下のクラブにも、志が高く優秀な指導者はいるが、明らかに大勢を占めるのは結果を急ぐタイプだ。選手権で結果を出したいから、大勢の部員を集め、個々のコンディションも考えずに、連日トレーニングを詰め込む。選手たちは何も考えず、与えられたメニューをこなすのが精一杯で、18歳までに心身ともに疲弊してしまう。

だが一方で、高体連のアンチテーゼとして出来たはずのJのアカデミーも、個の育成に力点を絞りきれているとは言い難い。原因の1つには、たぶん指導者の立場の危うさがある。上司から結果を求められるという点では、私立高校の監督もJアカデミーの指導者も、あまり変わらない。その結果、長身のCB候補がいても、現時点で安定している小柄な選手を起用する。あるいは将来プロになるためにはサイドバックが適しているレフティーがいても「高円宮杯があるからトップ下で」という判断が出てくる。

「クラブもただで獲ってくるから、どうしても育てなければならないという切迫感がない。また不況で育てた選手を高く買い取ってくれるクラブも見当たらない」
Jクラブの元監督の言葉である。
結局、日本協会が「プレイヤーズ・ファースト(選手第一)」を提唱しても、現場はチーム優先に傾いている。選手を大切にするかどうかは指導者の良心に託されているわけで、これは非常に危険な状態である。
プロ化以降急激に世界との差をつめた日本が、そこから伸び悩む大きな要因だと思う。(了)


加部究(かべ きわむ)
スポーツライター。ワールドカップは1986年大会から6大会連続して取材。近著に「大和魂のモダンサッカー」(双葉社)「忠成〜生まれ育った日本のために」(ゴマブックス)。構成書に「史上最強バルセロナ 世界最高の育成メソッド」。