インタビュー : FOOTBALL WEEKLY

インタビュー

【寺野典子インタビュー】横浜FC山口監督第1回「迷う暇なし」

 2011シーズン18位と低迷しながら監督続投で新シーズンを迎えたものの、2分2敗と開幕から勝利することができなかった横浜FCは、早々に監督交代に踏み切った。指揮を任されたのが山口素弘だった。Jリーグ開幕前の1990年に東海大学卒業後、全日空に所属。横浜フリューゲルス、名古屋、新潟、横浜FCと、2007年シーズン終了後に引退するまでJ1だけでなくJ2でのプレーも経験。日本代表として1998年ワールドカップフランス大会にも出場した頭脳派のボランチとして活躍したが、プロリーグでの指導経験はない。文字通りの新人監督誕生だ。

「選手だけでなく、スタッフもみんな『何をやってくるんだろう』という目で僕のことを見ているんだよね」と周囲からの大きな期待にも動揺を見せることはなかった。
 指揮を執った初戦の甲府戦では2−0と敗れ、つづく草津戦での引き分けを挟み、山形戦、湘南戦と連敗している。J2では強豪と言われるチーム相手とはいえ、勝てない日々が重くのしかかっただろう。

「もちろん結果が出ないことでの不安もあったけれど、1試合1試合とチームが良くなってきている手ごたえは感じていたから。上位陣と対戦して勝利すれば、きっと大きなきっかけになるだろうと考えていた」

 迎えた京都戦。ロスタイムで失点を許したものの2−1と勝利を飾る。第13節からは6連勝と波に乗る。第23節終了時点で7位と順位を上げた。

「リーグ折り返しくらいの時点で、J1昇格を目標として考え始めた」という山口率いる横浜FCは、その後の19試合を11勝3分5敗、勝ち点73の4位でシーズンを終了。自動昇格の2位湘南との勝ち点差は2。得失点差では及ばないことを考えても、勝ち点3あれば十分というところまで迫った。
 さらにプレーオフで2連勝すれば目標が達成できる。最終戦の岐阜戦後、山口は公式会見の場でプレーオフへの意気込みを訊かれ「秘策がある」と発言。しかし、そのプレーオフ千葉戦に0−4と完敗。
「勝てば選手のおかげ、負ければ監督の責任」と就任時から一貫する姿勢を崩すことなく、「プレーオフへ連れて来てくれた選手に感謝している」と語る姿からは、失ったものよりも得たものの大きさが伝わってきた。

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【石井紘人のFBRJインタビュー】村上伸次主審に訊くタイリーグ

 今年に入り、タイプレミアリーグという名前がメディアに多く登場するようになった。Jリーグがタイプレミアリーグと提携したり、またクラブ同士の交流もある。Number誌では、「J2やJFLよりタイリーグ?」というレポートも掲載されたくらいに、その評価が高まっている。

 とはいえ、失礼を承知で言えば、タイに渡った選手は、Jのトップから退いたようにうつる選手ばかり。実際の所はどうなのか。その質問に適任な人物がいた。今年に入り、タイサッカー協会からの依頼で、タイのビッグマッチの主審を務めた村上伸次氏だ。Jリーグのトップの舞台で主審を務めるPR(日本サッカー協会:JFAと契約するプロの審判員)である村上氏の目に、タイサッカーはどのように映ったか。話を訊いた。(インタビュアー:石井紘人)
 
―今年の6月にタイに行かれましたよね? 現在、タイプレミアリーグが取り上げられている中で、是非、村上さんにタイでのお話をお伺いしたいなと思っています。まず、昨年の年末年始に、吉田寿光さんと一緒にタイに行かれたのですか?
 
「年末年始に審判割り当ては受けていたのですが、タイの洪水の影響があり、キャンセルになってしまいました。それで、昨年の12月下旬に松崎委員長がタイに渡航した際に、前回、洪水でキャンセルになったため今回の話になったのではないでしょうか」

―では、今回のタイへの派遣について、経緯説明はあったのでしょうか?

「その時の審判委員長の松崎さんからタイの割り当て連絡がありました」

―それで、6月24日の試合を吹きにタイに行くわけですが、どれくらい滞在されたのですか?

「二日前に入って、翌日に帰ってきました。特にセミナーなどが用意されていた訳ではなく、二日前に入って、試合までの一日半はフリーでした。試合に向けて準備し、24日の試合に臨みました」

―割り当てを受けたのは、タイのビッグマッチですよね?

「はい。事前に試合の詳しい情報は無く、行ってから、タイサッカー協会の方からがブリーラム・ユナイテッドとチョンブリーFCというタイではビッグクラブの試合だと伺い、そこで初めて重要な試合を任されていることを知りました」

―他に何かアナウンスやアドバイスとかは?

「タイへの派遣の話をいただく前だったと思います。 J-stepでのPRキャンプの際、B級ライセンスの資格のキャンプをやっていたのかな。その時、帝京高校の後輩であり、去年までタイプレミアリーグでプレーされていた丸山良明(現:Jリーグ・アジアアンバサダー)さんにお会いし、「タイのプレミアリーグの審判は、色々と問題がある。だから、日本のレフェリーに来て欲しい」言われたんです」

>>>続き、「サッカー後進国にある日本にはない問題」「村上主審が掴んだもの」、コメントへの返答。その他の試合やJリーグ担当審判員インタビューなど審判コンテンツはPowered by FW FBRJにて

【石井紘人のFBRJインタビュー】梶山芙紗子

“なでしこ”への関心が高まっている。W杯や五輪はもちろんだが、先日行なわれたU-20日本女子サッカー代表の対韓国戦も17.6%の視聴率を叩き出した。女子サッカーへの注目を表す結果となったが、サッカー界で女子が奮闘しているのはプレーヤーだけではない。なかには、男子に交じり、レフェリーとして活動している女性もいる。普段は男子JFLで主審を務め、さらにJ2の第四審判として割り当ても受ける梶山芙紗子氏。日本において“試合において非難の目にさらされる”審判の道に、なぜ入っていったのか?そして、審判の本質を訊いた。(インタビュアー:石井紘人)

■「審判をやらないから審判を分からない」
──梶山さんがサッカーを始めたきっかけをお教え頂ければと思います。

兄が小学生の時にサッカーをやっていまして。父も母も一緒に行くので、私もついていって、いつのまにかサッカーをやるようになりました。

──出身地の京都市上京区はサッカーが盛んな場所なのですか?

そんなことないです。私が所属していたのも、普通のスポーツ少年団ですね。

──とは言え、私の出身の茨城県では、当時、女の子が少年団に入っているのは見かけなかった。稀有な存在だと思います。

──年上と二年上に女の子がすでに居たので、特に違和感を覚えませんでした。ただ、私が入る時には、たくさん引き連れて入りました(笑)。一人で入るのが嫌とかそういうわけではなく、「いっぱい、皆で入ろうや」って感じで、男の子よりも女の子の方が多かったです。

──なるほど。学校とかで、そういったガキ大将的なキャラクターだったのですか?

背も体も一番大きかったんですよ。男の子よりもね。だから、結構、そういったキャラクターだったかもしれません。

──その後、家政学園(現京都文教学園)中、高校に進学しますけど、女子サッカー部はないですよね?

なかったですね。なので、中学、高校と体力作りをしようと、陸上部に入りました。サッカーは女子チームがあるクラブチームが地域にあったので、そこに所属しました。

──姫路学院女子短大に入られて、学校でサッカーができるようになるわけですね。

はい。どうしても、サッカーがやりたくて。

──たとえば、福田正博さんは、嫌々とサッカーをやらされ、サッカーに目覚めた。梶山さんは、中高と陸上をやられて、陸上に目覚めることはなかったのですか?

大学でも陸上をやって欲しいというお話は頂きましたが、でも中高の6年間、ずっとサッカーをやりたいと思っていたんです。陸上部の時も、部活が休みになったらサッカーに行くとか、朝早く行って、朝練の時にボール蹴ったりだとか。それくらい、とにかくサッカーがやりたかった。

──なんで、そこまでサッカーにハマったのでしょう?

憧れの選手がいるとかそういうわけではなくて。動くこと自体が好きでしたし。皆でボールを蹴ったりするのが楽しかったんだと思います。

──個人競技より、団体競技が好きというわけではないですか?

それはあるかもしれないですね。皆でやる方が好きです。

──晴れて部活という形でサッカーができるようになった大学で、審判員の資格、四級審判員を取得されるわけですよね?

当時、私が所属していた女子の大学リーグは、学生が主審や、副審をやったりしなければならず、やむなく四級審判員の資格を取得しました。ただ、取得したのはいいのですが、審判に興味がなく、やりたくないとの思いが強く、まったくやらなかったです。周りに「(審判)やってくれない?」とお願いばかりしていました。そんな私ですから、審判資格も一度失効しています(笑)。

──大学サッカーは、たとえば男子だと結構、異議が多かったりする。監督からのプレッシャーもありますし、プロとさほど変わらない。当時の女子はいかがでしたか?

異議が多いという言う印象は特にありません。私自身が審判をやらなかったため、異議を言われた記憶もないんです。

──そこまで審判をやりたくなかった理由は?

やはり審判をやらないから、審判というものがわからなかったというのが一番だと思います。

──そんな梶山さんが、再び審判員の資格、三級審判員を取得されるわけですよね?なぜ、取得されようと思われたのですか?

大学を卒業し、京都の方に戻って、スポーツ科学の専門学校に通いながら、指導者として活動していました。選抜チームに帯同する時には、笛を吹かないといけない状況になります。監督から、「審判やってくれ」と言われ、「え?」とは思ったんですけど(笑)。ただ、やるからには、ルールを勉強しないといけないので、再度、取得しました。

>>>続き「審判もサッカーの一部」「女子では起きないラフなファウルが男子にはある」「女性審判ではなく、一人のレフェリーとして評価して欲しい」「お母さん審判員も四種にどんどん増えて欲しい」、コメントへの返答。その他の試合やJリーグ担当審判員インタビューなど審判コンテンツはPowered by FW FBRJにて

釜本邦茂×稲本潤一スペシャル対談「見える世界が広がって、今サッカーが楽しい」

 2002年W杯、日本を熱狂に誘うスーパーゴールを決めた稲本潤一が、再び輝きを放っている。風間八宏氏が川崎フロンターレの新監督に就任して以降、ボールを「止めて蹴る」など、サッカーの本質とも言える基礎トレーニングの中で、サッカーをプレーする喜びを感じ、日々手応えをつかんでいる。さらに、レーシック手術による視力回復を施し、新たな視野を手に入れたとことも、稲本のモチベーションを後押しする。プレーヤーとして新たな境地に到達した稲本と、稲本の存在を子供の頃から知っていて、日本を代表するFWとして未だに誰も超えられない記録と記憶の中にいる釜本邦茂氏が、「視力=見ること」をきっかけにサッカー談義に花を咲かせてくれた。(取材協力:神戸神奈川アイクリニック、SOCCER KING)

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■二人を病院送りにした釜本伝説
釜本 レーシック手術を受けたそうやね。調子はどう?

稲本 まずコンタクトの手間がなくなって便利になりましたね。コンタクトだと、たとえば汗が入ったりすると目の中でずれたり、ぼんやりしたりするので、その心配が全くなくなったのはすごく助かりますね。

釜本 コンタクトってヘディングしたら落ちるでしょ。

稲本 いや、ソフトだったのでそんなには落ちませんでしたけど(笑)

釜本 昔は、ようおったで。試合中にコンタクトがポロポロ落ちるやつ。僕は経験がないからさ、みんな、落ちたコンタクトを拾って、目をかっ開いて入れようとしているのを見て、しんどそうやなって思ってた。昔はメガネをかけてた選手もおったけどね。

稲本 プレー中にですか?

釜本 そうよ。いっぱいおったよ。岡田(武史)もそうやったろ。

稲本 本当ですか? メガネかけてプレーするとか、考えられないですね。

釜本 昔、ゴールキーパーでメガネかけている選手がおってね、たしか日立の選手だったと思うんだけど。で、僕とぶつかったんや。バチーンと。

稲本 ケガしますよね?

釜本 ケガしたよ。メガネが割れてね。たしか秋の試合で、日立の人は、ヤンマーなんかに負けるはずはないと思っていたんだろうね。それが、和歌山の紀三井寺でやったときに、後半の15分ぐらいで2─0で勝ってたんよ、僕らが。それで縦パス一本が出たんや。で、僕が入っていって、向こうからゴールキーパーが出てきたもんだから、ぶつかる寸前にバッて避けたんや。だけど、負けてるからだいぶ頭にきてたんちゃうかな、その人。ガーンとぶつかりにきて、そしたらちょうど肘が顔面に入ってしもうた。そしたらメガネで切れて、プシューッと血が吹き出して、負傷退場しよった。そのとき、日立はすでに2人交代(当時は2人交代制)していたもんだから、フィールドプレーヤーがゴールに入ったんよ。で、また僕のところにいいボールがきて、右45度くらいの位置かな、ドーンとシュートを打ったんや。サイドネットに飛んでいったもんだから、「あっ、入った」と思ったら、その選手がパッと手を出した。そしたら薬指の先に当たって、中指との間が裂けてもうた。ガンガン血が吹き出てきて、そのときちょうど、負傷退場していたゴールキーパーのために救急車が来てたから、その人も救急車に乗っかっていった。

稲本 すごいですね、その短時間で2人血まみれですか(笑)

釜本 そうよ。それからちょっとシュート打つの怖なったよね(笑)。今でもそのゴールキーパーの人と会うと顔に傷があるしね、指が裂けた人も傷があるんちゃうかな。

稲本 ちなみにそれはゴールしたんですか?

釜本 いや、入ってへん。

稲本 ナイスセーブですね。

釜本 ディフェンダーだから足出すと思ってたんやけど、よせばいいのに手出したんだよな。信じられない。まあ、そんなことがありましたな。

■サッカー選手にとって目は命
釜本 レーシック手術っていうのは痛いんかい。

稲本 いや、全然痛くなかったですよ。目薬をさして、本当にあっという間、5分くらいで終わっちゃいました。

釜本 今の調子はどうなの?

稲本 すごくいいですね。

釜本 一時、試合に出てなかったじゃない。

稲本 そうですね。ケガ明けっていうのはあったんですけどね。でも、監督が風間さんに代わってからは、一回センターバックで出て、それ以降は中盤で出させてもらってますね。

釜本 中盤言うても、気質的にはあんた前の選手だもんな。前行けばいいじゃん。

稲本 はい(笑)

釜本 ワールドカップでゴール決めたんだもん。ああいうところで行ける選手なんやから。後ろで我慢できるような選手とちゃうでしょ。私とよう似とる。

稲本 まあ、そうですね(笑)

釜本 中学校のときからよう知っとるからね(※稲本はG大阪ユースの前身である釜本FCの出身)。当時、直接話はしてないけど、うちの息子なんかがよくあんたのことしゃべってたで。なんか、稲本は休み時間になったら、すぐ漫画読んどるって。で、宮本(恒靖)は参考書見とったって。

稲本 ははは。その辺の出来の違いは、まあ、今でもそうですね(笑)

釜本 だから目が悪くなったんちゃうか(笑)。参考書じゃ、目は悪くならへん。マンガの読み過ぎか。

稲本 わかんないですけどね。否定はできません(笑)

釜本 実際、目がよくなってプレーにいい影響は出てるの?

稲本 遠くまですごく良く見えるようになりましたね。それまでは、多少ボールがブレるときなんかもありましたから、それが全くなくなりました。それから、コンタクトをつけているときは、ナイトゲームのときなどは見にくかった気がしますね。けど今はほとんど感じないです。

釜本 サッカー選手にとって目は大事だからね。動いているものを見分ける動体視力というものがあるでしょ。僕もそいつを良くして、周りをよく見えるようにするために、普段から意識してたね。たとえば電車に乗っていても、パッと瞬間的に看板読むとかね。今はもう全然わからんけどね。

稲本 すごいトレーニングですね。

釜本 その当時は目を悪くしたらメガネをかけてやらなきゃいけないということがあったからね。僕はこう見えてもものすごく勉強しましたからね。だから夜寝る前に、目を良くするために、星の数をじーっと数えたりしてたね。星の名前はわからんけどね(笑)。そういうことを意識したことある?

稲本 いや、意識はしてませんでした。今は、多少フロンターレのサッカーの質が変わりましたから、周りをよく見るようによく首を振るとかっていうのはありますけど。相手とボール、自分と味方とか、スペースとかっていう、間接視野で見なきゃいけないものっていうのは、裸眼で見えるようになってすごくやりやすくなったように思います。

釜本 やっぱりね、年齢的にも、段々と落ちてくるからね。そういうところでカバーせなアカンね。

稲本 そうですね。いろんな場所を見れていないと、できなくなってくるし、その中で一番いい選択をするということが、すごく重要だと思うんで。そういうポジションだと思っていますので。だから、レーシックをしてすごく見えるようになりました。

釜本 それはいいことだね。

稲本 新幹線で看板を見るっていうのは、やってみようかなと思います。

釜本 でも駅名わかってるからな。

稲本 そうなんですよ(笑)。アナウンス流れますしね。

釜本 わかってたら読めてしまうわな。でも、そういうところをちょっとでも心がけるっていうのはものすごい大事なことよ。予測っていうのはすごく大事で、たとえば車を運転していて、窓を開けて左右をしっかり確認しなさいとか、よく言うじゃない。そんなことしていたら事故起こすわな。

稲本 ははは。

釜本 だからみんな予測よね。自分の車が走っていて、前の車がいて、3台前の車がブレーキをバッと踏んだら、ああ、前もブレーキ踏みよるなと、パッと自分もブレーキ踏まなあかん。たとえば路上にボールが転がってきたら、次何が出てくるかといえば、子どもよ。まあ今は大人でも出てきよるからね。だから何事においても予測っていうのはすごく大事なことだと思うし、それはサッカーの戦術の第一歩だと思いますね。クラマー(デットマール・クラマー)が来て言ったけれども、まず周りを見ろと。ルックアラウンドだね。それから次はシンク、考えろでしょ。それはサッカーの原則やな。

稲本 個人戦術ですね。

釜本 そうよ。最近は個人戦術というものがちょっと疎かになっている気がするね。全員が一定のレベルに達していないと、チームはガタガタになるからね。

稲本 昔は僕も、個人戦術とかは関係なく、ほぼ自前の能力でやっていました。でもそれが、たとえば日本ならできていたことが、実際にアーセナルに行ったときに、やっぱり考えるようになりましたね。どうしたら試合に出れるのか。このスピードの中で自分はどうやってボールを持つことができるのかっていうのは、考えました。僕より能力の高い選手ばっかりでしたからね。だから行ってよかったなと思っています。だから今のチームでも、僕はまだ伸びしろあるんちゃうかなって思いながらやれています。頭を使ってやったらもっとできるんじゃないか、もっとうまくなるんちゃうかなって思いながらやれていますね。

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■毎日練習に向かうのが楽しい
釜本 風間監督になって、練習の仕方もかなり変わったって聞いているよ。

稲本 そうですね。本当に、止めて蹴るっていう基本の練習がすごく増えてきて、高校とか中学に戻ったかのような感覚でやれているので、やっていて楽しいっていうのもあるし。それは、今フロンターレの選手全員が感じていることでもありますね。

釜本 風間は大学で監督をやっていたからね。やっぱり若い連中を教えていたことを、今チームで彼らに教えているっていうことはね、非常に僕はいいことだと思います。ものすごく新鮮味があるんじゃないかな。

稲本 そうですね。練習中でも試合中でも、しかも全員がそう感じているっていうのはなかなかないと思うので、それがすごいですよね。

釜本 勢いがついてきているということは言えるかもわからへん。選手たちがそういうふうに思いながらやれているっていうのはええことやな。目も良くなったし。

稲本 そうですね。見えるようになって、より可能性を感じられるというか。だからすごく、良いタイミングでレーシックをしたかなという感じはしますね。

■さらなるレベルアップを目指して
釜本 あんた今いくつや。

稲本 今年で33歳です。

釜本 まだまだこれからや。日本のサッカーを引っ張っていかないと。

稲本 そうですね。代表ももちろん、チャンスがあればっていうか、ヤット(遠藤保仁)があれだけできてますからね。

釜本 同い年やろ。

稲本 そうですね。

釜本 今のプロ選手と僕らの時代のアマチュアっていう違いは当然あるかもわからんけど、やっぱりね、1年間に2回ぐらいね、自分の体を徹底的に傷めつけないといかんね。シーズン前はもちろん徐々に落としていかないといけないけど、あるところで本当にとことん練習して、体を作りなおしてシーズンにまた入るっていうね。普通に練習しとったんじゃ、維持していくのが精一杯になるでしょ。ダラダラしとったら落ちていく一方や。まだ33歳じゃ、体力的にまだまだ鍛えたらできるんやから。あとは(頭を指して)ここが良ければな。

稲本 そうですね(苦笑)。年を取るごとに練習量は増やさないといけないなって思いますね。休んで、休んでだと、戻すのが大変になるなというのは感じています。

釜本 落ちていくのは早いからね。3日休んだらもう何もなくなっちゃう。だからやっぱりシーズンオフでも、なんかやっとかないとあかんな。頭は休めなあかんよ。体は別よ。1週間練習したって、そんなに疲れるもんじゃない。それは気持ちが疲れているだけでね。頭休ませないとあかんけどね。

稲本 はい。まあ、頭はずっと休憩してますからね(笑)

釜本 釜本FCで育った子やから、これからもがんばってください。

稲本 ありがとうございます。がんばります!

 稲本や、最近では本田圭佑も受けたというレーシック手術とはなんなのだろうか。レーシック手術の世界的権威であり、現在ではIMAB(オプティカルエクスプレス国際医療顧問委員会)の議長を務めるスティーブ・シャルホーン氏にも話を聞くことができた。

■正しい病院で、正しい手術を
 私はもともとアメリカ海軍でF14のパイロットを務めていました。パイロットというのはアスリートとよく似ていて、身体能力の高さが求められます。パイロット時代、能力が高くても視力が悪くて断念せざるをえない仲間をたくさん見てきました。こうした環境を改善しよう、そしてパイロットの視力を向上させようという思いから、医療の世界に入りました。

 海軍へのレーシック承認プロジェクトを指揮するにあたり、レーシック手術について研究を重ねました。どのレーザーとどのレーザーを組み合わせがベストか、もっとも信頼できるレーザーメーカーはどこか、試行錯誤の結果、ベストなテクノロジーを見つけ出しました。

 というのも、パイロットは普段の生活で経験することのない、G(重力)の影響を受けますから、手術のクオリティはとても大事なのです。さらにそうした経験があったからこそ、宇宙という未知の領域を含んだ、より複雑で、要求の高いNASAにもレーシック手術は認められたのです。レーザーは車の技術と同じです。安い車よりも高い車のほうが性能がいいでしょう。値段に比例するといっても過言ではありません。

 レーシック手術を受けるのが怖いと思われる方も多いと思います。もちろん、どんな手術でも手術前は緊張するものです。しかし、レーシック手術に恐怖を感じる必要はありません。たくさんの経験を積んだ「正しい医師」と、正しいテクノロジー、密なコミュニケーションと術後のしっかりとしたケアがある病院を選びさえすれば、安全な手術なのです。スポーツ選手に限らず、すべての人にとって、視力が回復することは、人生が変わることと同義です。ですから、私の所には、多くの人からの感謝が届いています。

■プロフィール
inakama_3Dr.スティーブ・シャルホーン
2007年NASA(アメリカ航空宇宙局)におけるレーシック承認や、2006年アメリカ海軍のレーシック承認に伴う臨床研究チームの責任者を務めた、屈折矯正手術の世界的権威の1人。オプティカルエクスプレスグループの医療向上を担うIMAB(International Medical Advisory Board:国際医療顧問委員会)の議長でもある。医師になる前は、アメリカ海軍において海軍飛行士、そしてトップガンのインストラクターとしてキャリアを積んだ(映画「トップガン」のモデルとなった)。海軍飛行士だった経験から、完璧な視力の必要性を感じ、より安全で効果的、より精密な視力矯正方法の追求に専念している。

【特別対談】杉山茂樹氏に訊く、サッカーの“上から目線”

サッカーの一風変わったDVDが発売された。どう一風変わっているかというと、試合の映像がすべて“上からの目線”なのだ。「杉山茂樹のみてわかるサッカー観戦のツボ きみのポジショニングはそこでいいのか?」と題された本作は、視聴者に対し、スタジアムの一番上からサッカーを眺めたときに、ピッチ上に描かれているものは何か、サッカーのどんな部分が浮かび上がってくるか、というテーマを投げかける。なぜこのようなDVDを作ったのか、監修者である杉山氏に訊いた。

聞き手:刈部謙一

■上から見ること=客観報道

刈部 早速ですけど、なぜこういうDVDを作ったのですか?

杉山 俯瞰目線、上からのアングルっていうのは、既存のテレビ中継でもあることはあるけど、1試合やり続けてないじゃないですか。活用できていないと思うんですよね。W杯の決勝とかでもよく見ますけど、結局はお飾りの一つ、演出の一つでしかない。でもその映像、その見方をやり続けてみたら、どうなるのだろうと。僕ももっと知りたかったし、当然見えてくるものもあるのではないか、という思いがきっかけですね。

刈部 そうした見方でゲームを見ると、何が一番大きく変わってくるのですか。

杉山 俯瞰の目線で見たほうが、選手への思い込みが一切なくなるわけです。この選手が誰だなんて関係なくなる。たとえばこのDVDの中にも収録されていますけど、京都の久保裕也が若くて売り出し中の選手だという触れ込みがあったとして、上から見ているとそういうのが関係なくなるんですね。どの選手も、ゲームを構成する一つの駒として、フラットに見ることができる。内田篤人のプレーが明らかに精彩を欠いていても、内田ファンはダメだなんて言わないですよね、言いたくない。だけど上から見ていると、それが内田なのかどうかは関係なくなって、サッカーそのものを客観的に見られるようになる。そうすると、戦術なり、戦い方を際立たせることができるわけですね。

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