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【アルビレックス新潟 田中達也 連載コラム26】ReSTART

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第26回「僕も負けてられない」仲間の活躍を力に



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言葉で伝えることの難しさ

 12月上旬から、JFA公認B級コーチ養成講習会 を受講しました。5日間の講習が2回。朝8時から昼食を挟んで夕方5時くらいまでみっちり授業があります。夕食後も7時くらいから夜の講義があり、毎日クタクタでした(笑)。グラウンドだけでなく、いわゆる座学もあり、こんなに勉強したのは高校生以来かもしれません。
 昨年のC級コーチ養成講習会でも感じたことですが、指導者に求められ重要なのは、いかに“言葉”で伝えられるかということ。効果的なタイミングで、簡潔に、的確に、伝わる言葉を選び、発信できるかが大切です。
 指導者講習会を受けることで、選手としてプレーしているのとは違う角度でサッカーを捉え、整理できる部分があります。だけど、言葉にするのが一番大変だと感じるし、毎日が緊張の連続です。でも、それが新鮮だし、良い刺激になったのも事実ですね。

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VIVA! ROASSO 熊本地震からの歩み 

第9回 「巻誠一郎選手ロングインタビュー」  インタビュアー・山雄樹

当たり前じゃないときに気づくこと
――今シーズン、お疲れ様でした。
 お疲れ様でした。
――きょう(12月9日)で、今シーズンの全体練習が終わりました。どんな気持ちですか。
 やっと1年が終わったかなというような気持ちです。
――「やっと終わった」ですか。
 満足感は、今シーズンに関しては、あまりないかなとは思います。それでも、プロ選手として1年、1年を全力でやっているので、やり切ったなという思いもあります。そういう気持ちは、ちゃんと一旦は持たないと、次につながらないので。取りあえず、「1年間、自分、お疲れ」みたいなところです。

――今年も、全力でしたよね。特に、本当に今年は、ピッチ内でもピッチ外でも。
 そうですね。それがいつも心掛けていることですが、サッカー以外の部分でもやれることは、やれるだけやりたいなとは思いながら、いろんなことをやりました。
――僕らも、取材中に、巻選手の言葉に救われたところがたくさんあって。
 本当ですか。ありがとうございます。
――例えば、8月の中旬、熊本地震から4か月たったときに巻選手が、「きつい、きついでは、今まで何だったの?と、地震に負けたような気持ちになってしまう。こういう気持ちが芽生えたとか、こういうものが生まれたとか、そういうことが大事なんだ」ということを話してくれて、その通りだと思いました。
 自分の中でも毎日、全力ではやっていましたけど、サッカー選手としては、淡々とトレーニングをして、試合をして、過ぎていく中で、非日常というか、当たり前じゃないことが起こりました。そういう中で、僕自身も、いろいろ考えていました。

――「いろいろ考えた」というのは?
 サッカーに取り組む姿勢も、もちろん毎日、全力でやっていましたけど、「普段のトレーニングから全力でやっているの?」とか、「試合の中でも最後の1分、1秒まで走れているの?」とか、考えました。
 今までも、スタジアムを使えるのが当たり前、たくさんの方が応援してくれることが当たり前、とは思っていませんでしたが、どこかで、普通に試合はできる、スタジアムは使えるっていうのがスタンダードになっていた部分がありました。それができなくなったときに、人間って本当にそういうものに気付くんです、当たり前じゃないということに。
 そういう感謝の気持ちを持つこともそうですし、試合を観に来てくれる人たちは、自分も被災してきつい中で、僕らを応援しに来てくれました。その人たちが、試合を見てくれたときや、練習場に足を運んでくれたときに、何を思って帰ってくれるかということも、すごく大事だと思います。震災のときに思ったのは、「いきなり何かをやろうと思ってもできない」ということです。
 特に、気持ち的の部分で、日頃からしっかりと緊張感を持って、「人のために何かをやろう」という心構えを持っているとか、他人とコミュニケーションを取るとか。
 そういった日頃の積み重ねが、あの地震のときに、すごく僕の役に立ちました。だから、日々の1分、1秒にしても、何気ない会話にしても無駄じゃないんだな、ということを、すごく感じました。

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VIVA! ROASSO 熊本地震からの歩み ┐修裡

第8回 「復旧、復興とクラブと私。」その3  文・山雄樹

熊本地震の経験から得たものとは、そして、やるべきこととは。

熊本地震の後、早期のリーグ戦復帰にむけて「選手の家族の安全や安心を担保したうえで、県外に拠点を移し、サッカーができる環境をつくる」ことを提案したクラブのトップである池谷社長の想像以上に、選手達が熊本を思う気持ちは強かった。

なかでも熊本県宇城市出身の巻誠一郎が抱く、その思いは人一倍だった。地震発生後、クラブハウスで、選手、チームスタッフ、クラブスタッフが集まり、今後の方針を話し合った4月21日、巻は「僕の大好きだった熊本の街や皆の笑顔が失われていく」と涙ながらに話すほど心を痛め、「本当に熊本が大好きなんで、感情を抑えられません」と嗚咽を漏らした。

だからこそ、巻は、地震発生後、すぐに救援物資の受付拠点を設け、自家用車を走らせ、避難所などを回って被災者に物資を届けるなど、ピッチの外でも先頭に立って奮闘した。

シーズンを通して、巻の言葉には、さまざまな経験をした者にしか語ることのできない重みがあった。シーズンが終わった今、巻は強調する。「震災が起こって、自分達が、何ができて何ができなかったのか、こういう経験ができたということが、今後、自分達の中で、どういう風に財産として感じて、次の一歩を踏み出すかがすごく大事だと思います。これから先、何ができるかが大事なんでしょうね。もちろん、ここのクラブを去っていく選手もいるし、選手も変わるし、いずれは、会社のスタッフや、僕らもいなくなる存在ですけど、それでも、ロアッソというクラブは残っていくんですよ。その時に、地震が起こったということは、クラブの歴史に絶対刻まれるわけですよ。その後に、僕らがどういう行動をして、どういう試合をして、どうサポーターと向き合ったか、今後のロアッソの歴史になっていくわけですよ。未来をどういう風につくるかというのは、これからの僕らだと思うんですよ」。

12月9日、今シーズンの最後の全体練習が終わった後、行ったインタビューは、アナウンサーという「伝え手」の私にも、大きな意味があるものだった。
(45分間に渡るこの巻誠一郎のインタビューは、後日、全文を掲載する。)

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VIVA! ROASSO 熊本地震からの歩み ┐修裡

第8回 「復旧、復興とクラブと私。」その2  文・山雄樹


そして、あの激震が熊本を襲った。

4月14日(木)午後9時26分に発生した「前震」では、益城町で震度7を記録した。地震の規模を示すマグニチュードは6.5。震度6強を記録した自治体はなく、チームは、17日(日)にアウェイ・京都市西京極総合運動公園陸上競技場で行われる第8節京都サンガF.C.戦にむけて準備を進めていた。しかし、16日(土)午前1時25分の「本震」では、再び、益城町で、さらに、西原村でも震度7を記録。震度6強を記録した自治体も、南阿蘇村、菊池市、宇土市、大津町、嘉島町、宇城市、合志市、熊本市の中央区、東区、西区と広範囲に渡った。マグニチュードは7.3。

「本震」の揺れの強さ、被害の大きさは「前震」とは比べ物にならなかった。益城町に住む畑実、森川泰臣の自宅は全壊し、ロアッソも全選手の3分の1に当たる9人が避難所暮らしや車中泊を強いられた。まず、第8節京都戦の中止が決まった。その後、19日(火)には、23日(土)にホーム・うまかな・よかなスタジアムで予定されていた第9節横浜FC戦、21日(木)には、第10節モンテディオ山形戦(29日・NDソフトスタジアム山形)、第11節愛媛FC戦(5月3日・うまかな・よかなスタジアム)、第12節北海道コンサドーレ札幌戦(5月7日・札幌ドーム)の中止が、それぞれ決まった。

モンテディオ山形は、地震の影響でロアッソの練習環境が整わないことを知ると、試合前にグラウンドなど、その環境を準備することを、愛媛FCは、ロアッソのホームスタジアムうまかな・よかなスタジアムでの試合開催が困難だとわかれば、ホームゲームとアウェイゲームの入れ替えを申し出た。またJリーグは、チームごと、練習や選手の生活拠点を県外に移し、リーグ戦を参加することなど、支援策を提案した。

それでも、選手達は「熊本に残って、戦うこと」を自ら選んだ。地震発生から1週間後の4月21日、外国籍選手など一部を除くほぼ全員の選手、清川監督をはじめとするチームスタッフ、池谷社長らクラブスタッフが熊本県民総合運動公園内にあるクラブハウス(スポーツ交流館)に集まった。Jリーグからも原博美副理事長をはじめ職員が熊本を訪れていた。今後の方針が徹底的に話し合われた。その場で行われた会見で、池谷社長は「こちらが思っていた以上に、選手達の熊本への思いが強かった」と驚きを隠さず語った。

選手達は、トレーニングと避難所や学校でのサッカー教室など復興支援活動を両立させながら、リーグ戦復帰への準備を進めること、つまり困難を伴ったとしても、「熊本とともに歩むこと」を決意した。

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VIVA! ROASSO 熊本地震からの歩み ┐修裡

第8回 「復旧、復興とクラブと私。」  文・山雄樹


ロアッソがJ2残留を決めた2日後、熊本地震の発生から7か月が過ぎた11月14日、熊本県内で建設が計画されていた仮設住宅がすべて完成した。16市町村の110団地、4303戸。これで、およそ1万1000人の住まいが確保されたことになる。さらに、既存の民間による賃貸物件を県が借り上げて被災者に提供する「みなし仮設住宅」を合わせると、およそ1万5000戸となる。

最後に完成したのは、県の西部に位置する御船町の落合地区の42戸と、震度7を2回観測した益城町の福富地区の6戸。このうち、益城町の仮設住宅は、車いすで出入りできるよう設計されたバリアフリー型で、熊本県住宅課によると、風呂やトイレを共有しない独立した形のバリアフリー型仮設住宅は、全国でも初めてのもので「熊本モデルとして、全国で災害があった場合に発信していきたい」と、担当者は語る。

また、地震で被害を受けた熊本のシンボルとも言える熊本城を修復するために、支援金を募る「復興城主制度」への申し込みが1万件を超えたのも同じ時期だった。金額にして1億6260万円。募集開始からわずか2週間で多くの支援が届いた。熊本城は、13ある国指定重要文化財である櫓や塀、門、そして、石垣や天守閣などが倒壊し、修復には634億円が必要で、熊本市の大西一史市長は「20年後には地震前の状態に戻したい」と語っている。元の姿に戻るまで、数十年という非常に長い期間に渡る復旧、復興活動となる。

その後、「2016現代用語の基礎知識選 ユーキャン新語・流行語大賞」の特別賞に「復興城主」という言葉が選ばれ、12月1日には、大西市長と熊本城をモチーフにした熊本市のイメージキャラクター「ひごまる」(2007年の熊本城築城400年祭で誕生)が東京で行われた授賞式に出席している。1か月で2万2045件、3億5027万7254円の寄付が寄せられた。さらに、地震発生から8か月となった12月14日現在で、2万6749件、4億3399万4670円と、数字を伸ばしている。

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