第4回 「励まし、励まされ。」  文・山雄樹


熊本地震発生から半年が過ぎた。ようやく業者の手が回るようになったのか、熊本市内の、熊本放送がある中央区や、私の自宅がある東区でも、補修工事や解体工事の現場が増えてきた。しかし、その光景から、地震からの復旧、復興への歩みを実感すると言うよりも、気付かなかった被害を知ることで、爪痕の深さを感じることの方が多い。

極めて個人的な事を言えば、私が三重県の鈴鹿市から熊本に来た1998年から、19年通い続けた美容院も、地震の影響で閉店を余儀なくされ、「地震さえなければ」と悔しい気持ちがこみ上げてくる。

ロアッソのホームスタジアム、うまかな・よかなスタジアムがある熊本県民総合運動公園からおよそ5劼里箸海蹐忙笋亮宅はある。震度7を2回記録した益城町と隣接していて、4月14日には震度6弱、16日には震度6強を観測した。自宅の壁にも多数のひびが入り、「一部損壊」という判定を受けたが、周囲には、それ以上の被害を受けた住宅や店舗も多く、今でも屋根がブルーシートに覆われたままだったり、重機がけたたましい音を立てながら、作業を続けていたり、すでに更地になってしまったり、そんな場所ばかりが目立つ。

スカパー!Jリーグ中継でロアッソのホームゲームを実況するため、自家用車を走らせ、毎試合、スタジアムに向かう。そんな地震の爪痕を見る度に、負けそうになる気持ちと、負けてはならない気持ちが混在し、何とも言えない気持ちになる。何と闘っているのか、地震の被害なのか、自分の弱さなのか、蓄積した心身の疲労なのか、その相手の得体は知れない。

ロアッソは、8月14日(日)にホーム・うまかな・よかなスタジアムで行われた明治安田生命J2リーグ第29節でジェフユナイテッドに千葉に3対0で快勝した後、第30節ギラヴァンツ北九州に6対1で敗れると、以降の10試合で、5連敗を喫するなど、わずかに1勝と苦しんだ。第36節を終えて、勝点39で17位、J3降格圏、21位のギラヴァンツ北九州、最下位22位のツエーゲン金沢との勝点差は6。残り6試合で勝点差6と、楽観も悲観もできない数字ではあるが、第36節終了時の首位・コンサドーレ札幌、2位・松本山雅FC、3位・セレッソ大阪、6位・京都サンガF.C.という上位クラブとの対戦が控えていることから、クラブ関係者が危機感を抱いていることも事実だ。

ロアッソ(発足当時のチーム名はロッソ熊本)の初代監督で、現在は運営会社アスリートクラブ熊本の代表取締役社長をつとめる池谷友良氏は、ある日の練習取材の後、グラウンドからクラブハウスに戻るために、2人で歩いていると、「とにかく今年はこのまま無事に終わってほしいというのが本音だよね」とつぶやいた。

「無事に」とはJ3に降格することなく、J2に残留することを意味している。そして、池谷氏は、「今年、J2に残留できたら、それは、J1昇格プレーオフに進出するぐらい価値があることだと思う」と続けた。

私も同感である。今シーズン、ロアッソのホームゲームも残り3試合。実況アナウンサーとして、失格なのかもしれないが、今まで経験したことがない、得体の知れない疲労感、倦怠感に包まれることがあり、「早く今シーズンが終わってくれないかな」という思いが頭をよぎることさえある。

そんな時、いつも思い出すのは、リオデジャネイロ五輪で日本代表を指揮した手倉森誠氏の言葉だ。手倉森氏は、熊本地震発生からおよそ20日後の5月3日、熊本を訪れ、ロアッソの練習グラウンドで、選手達を前に「間違いなく大きな物を背負って戦うことになる。被災して苦しんでいる方々、生きたくても命を落とした人がいる。ピッチの中で起きる苦しさは、苦しんでいる人の思いや亡くなった人の無念さを思えば、苦しいことはない」と話し、激励した。

東日本大震災が起きた2011年、ベガルタ仙台を率いた経験による言葉である。ベガルタ仙台は、その年、J1で4位、翌年は2位という、いずれもクラブ史上最高の成績を残し、「希望の光」としての大きな存在感を示した。

しかし、手倉森氏は、「ベガルタと違うのは、彼らしか中断していないということ。ベガルタの時は、全チームが中断したから、ある意味、コンディション的にはイーブンになれた部分があった。今は、ロアッソだけが休み。ここから彼らだけがコンディションを作り直して、戦わなければならない試練が待っている。ベガルタとは全然、違う」と、ロアッソを思いやり、行く末を案じたのだった。

2011年の東日本大震災によるJリーグの中断は、3月12日から4月23日まで、J1リーグが第2節から第6節までの5試合、J2リーグが第2節から第7節までの6試合、すべてのカードが延期となった。今年、熊本地震に見舞われたロアッソは、4月17日の第8節京都サンガF.C.戦から5月7日の第12節北海道コンサドーレ札幌戦まで、予定されていた5試合が順延となった。これが後に、過酷な真夏の連戦としてチームに襲いかかった。また、選手達自身も被災していて、全27人の選手中3分の1にあたる9人が一時、避難所生活や車中泊などを強いられた。

ロアッソの練習グラウンドで選手を激励し、クラブハウス内でのインタビュー取材に答え終えた手倉森氏は、次の復興支援活動の会場へ移動するため、日本代表スタッフの車が待つ駐車場に向かっていた。しとしとと雨が降る中、傘をさし、2人で歩いた。

「突然、勝てなくなる時が必ず来る。ベガルタの時も、急に勝てなくなった」。

そう手倉森氏が話し始めた。

2011年のJ1リーグ、ベガルタ仙台は開幕から12試合負けなしを記録したが、6月26日の第18節清水エスパルス戦でシーズン初黒星を喫すると、8月13日の第21節鹿島アントラーズ戦まで、9試合勝てず(4引き分け5敗)、苦しんだ。

手倉森氏が続けた。「選手達はとてつもなく大きな物を背負っている。彼らも被災して、心を痛めている。本当に大変だということを池谷さん(池谷社長)やキヨ(清川浩行監督)は発信した方がいい。最初のうちは、頑張れるけど、必ず疲れが出る。そして、その先に待っているのは、燃え尽き症候群だから」。

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10月9日(日)、熊本市の東区にある健軍商店街ピアクレスでファン感謝祭が開かれた。この商店街は、熊本市内を走る路面電車、熊本市電の東の終点「健軍町」そばに位置する。1954年(昭和29年)頃から栄え始め、1992年(平成4年)に開閉式全蓋アーケードが完成した。幅15m、284.4mの距離に飲食店や食料品店、日用品を扱う店舗などが並ぶ、いわゆる「古き良き時代」を思わせる商店街だ。

ロアッソの運営会社アスリートクラブ熊本の事務所が近くにあったことや、「2010年3月に総務省補助事業として商店街元気化プロジェクトで、デジタルサイネージを設置して、ロアッソの試合日程や結果などの情報を告知していただいたり、ロアッソフラッグを商店街に掲出していただいたりしているつながりから」(アスリートクラブ熊本・事業本部広報・運営グループ広報部長・岩水香織氏)、2010年から毎年、夏場にこの商店街(2015年は徒歩圏内の熊本市動植物園が会場)で、ファン感謝祭が開かれ、選手達が仮装し、練りに練ったダンスや寸劇などを披露、ファンやサポーターを楽しませてきた。私も、司会をつとめたことがある。

熊本地震で「ロアッソを愛する」この商店街も大きな被害を受けた。1976年(昭和51年)に開店し、商店街の核となってきたスーパーマーケットの大型店舗や、アーケードの屋根も一部が倒壊し、解体工事が行われている。

熊本市東区健軍商店街

<ファン感謝祭会場、熊本市東区にある健軍商店街ピアクレス、熊本地震の影響でアーケードは途切れ、大型店舗の解体工事が進む>

前日の10月8日、雨のホーム・うまかな・よかなスタジアムで行われた第35節、勝点38で15位のロアッソと勝点37で16位のザスパクサツ群馬、下位脱出をかけた対決は、1対1の引き分け。後半アディショナルタイム、ロアッソは左SB上原拓郎がクロスを供給、ファーサイドで36番FW巻誠一郎が群馬のCB坪内秀介に競り勝ち、頭から放たれたシュートはゴールネットを揺らした。しかし、「沸きに沸いたうまかな・よかなスタジアムですが、ノーゴールの判定。巻の幻のゴールとなりました。」(スカパー!Jリーグ中継での私の実況アナウンス)藤田和也主審の判定は巻のファウル。

「今まで何十回と、トレーニングを含めれば何百回と、あの形で得点してきた」と試合後、巻はやるせない気持ちを自らの経験に基づき、表現した。

後味の悪さが残る試合の翌日だったが、正午から午後3時までの3時間、およそ600人のファンやサポーターがファン感謝祭の会場を訪れた。これまでのファン感謝祭では、選手達がステージ上で、パフォーマンスを披露し、それが大きな目玉だったが、今回は、復興支援が大きな狙いで、2005年から2008年シーズンまで選手が公式戦で着用したユニホームと引き換えられる募金や、選手が私物を提供するオークションなどが行われた。また、選手が、饅頭屋や馬肉専門店、製茶店の店員として、店頭に立ち、商品を販売するなど、商店街の復興に一役買った。それらの収益から30万円が健軍商店街振興組合に贈られた。

社長の池谷氏は「一度は、(夏場の開催を)中止したので嬉しい。健軍商店街がかなりダメージを受けたので、短い時間だけど、地震を忘れられるひと時になればと思う。今までは商店街に応援してもらってきたから、今回は、自分達が何かを返していこうという趣旨。少しでも健軍商店街が元気になればと思う」、熊本市出身のキャプテンの岡本賢明は、「時期が時期だけに、あまり(ファンやサポーターが)来てくれないかと思ったが、たくさん来てくれて嬉しい。早く以前の健軍商店街を取り戻して欲しいし、その力に少しでもなれればいいと思う」と、それぞれ笑顔で話した。また、岡本は「順位が順位だけに、『上を見ているんですか、下を見ているんですか』と(サポーターから)言われた」とはにかんだが、チームとファンやサポーターの距離が極めて近いことも、地方クラブの良さのひとつである。

チームとファン、サポーターは、励まし、励まされる存在であることを、実感する。
熊本地震の後、初めてチームが集まった4月21日、巻が語った言葉を、あらためて、噛みしめてみる。

「お互いに励まし合ってエールを送り合って、また今までみたいな素晴らしい熊本を、今まで以上の熊本を作っていきたい。僕ら、皆の力で」。



◇著者プロフィール:
山雄樹(やまさき ゆうき)
熊本放送(JNN・JRN)アナウンサー。1975年(昭和50年)6月16日、三重県鈴鹿市生まれ。立命館大学産業社会学部を卒業後、1998年熊本放送入社。主にスポーツの中継アナウンスや取材、番組制作を担当。系列のアナウンサーの技量を競う「アノンシスト賞」では、「テレビスポーツ実況」部門で二度、「ラジオスポーツ実況」部門で一度、九州・沖縄ブロック審査で最優秀賞、2015年度は、全国審査で優秀賞を受賞した。
チーム発足時からJ2ロアッソ熊本の取材や応援番組の司会を続け、2008年のJ2参入以降は、スカパー!Jリーグ中継でホームゲームの実況をつとめる。