50分を過ぎたあたりの時点で、ハリルホジッチ監督はアップを続けていた山口をベンチに呼び寄せ、交代出場のための準備を促した。前半26分、トップ下で先発出場の清武が中央をドリブルで突破し、ボールを預けた本田を追い越して、受けたパスを中央に折り返し、原口が決めた先制点で1−0と日本がリードしている状況。

指揮官はアタッカーではなく、ボランチの交代を考えている。
その采配は2点目を奪うのではなく、このまま逃げ切ろうというサインになるのではないか?
残り時間はまだたっぷりあったし、今日のイラクは過去にないほど積極的に戦う、侮れない相手だ。同点にされないという保証はない。

流れのなかで 日本の守備陣に大きな欠陥は見られなかったが、セカンドボールを拾っている回数はイラクのほうが多かった。日本はたびたびパスミスを繰り返してもいた。そして、コーナーキックではイラクは様々なバリエーションを披露している。3分にもCKからサード・アブドゥルアミールがポスト直撃のヘディングシュートを放っている。

第4審判に交代の申請を行った直後の60分、FKを得たイラクはサード・アブドゥルアミールのヘディングシュートで同点に追いつく。マークについていたのは前半のCKと同じ酒井(高)だった。
失点直後からしばらく、ベンチのなかで(いつものテクニカルエリアではなく)、ハリルホジッチ監督は文字通り動けなかった。山口へアップに戻るように指示を出しただけで、フリーズしたように固まっていた。
そして67分、山口は柏木に代わりピッチへ送り出される。

選手が中央に集まりすぎて、渋滞が起きてしまったUAE戦と違い、この日は本田も右に開き、清武のパスを受ける仕事をこなしていた。それでも右サイドバックの酒井(宏)が生きるシーンはほとんど見られず、ボールを受けてDFを引き付けるところで潰されることも少なくなかった。所属するACミランで試合に出ていないことからくるコンディション不良が明らかで、シュートの精度を欠いた。

一方、同じくセビージャで出場機会を失っている清武は、前半、相手に蹴られて腹部を痛めたものの左右に動き、攻撃の起点となるプレーを見せていた。
「ハリルさんのサッカーではトップ下でもボールをたくさん触るという感じにはならない。そういうなかでどうやってリズムを作るのか、出して動いて、出して動いてというのを続けるしかない。我慢して、我慢して、落として待って、もらって落として背後へ動いてという監督が求めていることもわかる。でも、ボールを触って、リズムを作りたいという気持ちもある。いつもはそういうところをどうすべきか、考えながらやっているけれど、今日は試合前に(香川)真司くんから『リラックスして』と言ってもらえて、のびのびやれた部分があった。チームの規律を守りながら、自由というか、自分のイメージでプレーすることができたと思う」と清武。彼の運動量が時間経過とともに低下すると、日本の攻撃も単調なものになっていった。 

1−1の時間が続く。
80分、原口のクロスに合わせた本田が放ったヘディングシュートがポストに当たる。その直後の81分、本田は小林に代わり、ピッチを去る。すでに75分に岡崎に代わり、浅野が送り出されている。残り時間わずかの段階で、DFの吉田が最前線に立つと、日本は何の躊躇もなく、DFラインからロングボールをけり込み、吉田に合わせる。イラクのDFに吉田は何度も競り勝つが、決定機は生まれない。

ロスタイムは6分。日本は変わらずパワープレーを続けた、すると95分、吉田が倒されて得たFK。清武が蹴り上げたボールはイラクに跳ね返されたがそのボールを走り込んできた山口がダイレクトでボレーシュートを放つと、それがゴールイン。劇的な展開で日本は2−1と試合を制することに成功した。
終了間際の粘り強いパワープレーで掴んだ勝利でもあった。

岡崎が振り返る。
「前回の反省をしながら(本田)圭佑やキヨ(清武)と話をした。お互いが降りたり、出たりというところで、もっと周りを見て動こうと。うまく行ったところもあるし、距離間が良かったときもあった。まだまだ、デュエルとか監督のいう基本的なところにとらわれ過ぎて、向こうが有利な状態で行ってしまって、交わされたりとか、自分たちの判断が悪いところもあったけれど……。力が拮抗する相手と戦わなければいけない最終予選で、こういう勝ち方ができたことは大きい」と岡崎は若い選手たちが勝ち取った3ポイントの意味の重さを語った。

絶対的な存在と思われてきた岡崎、本田、香川が不在の状態で勝ち越し弾を決めたことは「チームの底上げにつながる」と清武がいうように、キャリアの乏しい若い選手たちに大きな勇気と自信になっただろう。

しかし、この日の決勝ゴールがパワープレーから生まれているというのは、長身FWハーフナー・マイクの起用を「このチームにはそういうサッカーは向かない」と話した指揮官の言葉を想うと、複雑だ。
結果的には山口の起用もパワープレーという采配も功を奏したわけだが、逆にこの指揮官に日本代表を託したことへの疑問は大きくそして、強くなる。

パワープレーを否定するわけではないが、ポゼッション重視のスタイルを長く日本代表は続けてきた歴史がある。フィジカルで勝てない相手に対して、組織で戦うことを模索してきた。その強みを若年層から磨いてきた。ボールを触りながら、リズムを生み、連動する……日本人選手が積み重ねてきたものが、今の代表チームは活かせていないのではないだろうか? そんなジレンマを感じる。本田が語っている。

「アジアレベルで言えば、徹底的に相手をバカにするプレーは得意としている。でも、それは今求められていない。怖い攻撃をもっと増やしていこうというのが今の代表のテーマだから。それはそれで前向きにチャレンジしたいという気持ちで臨んでいる。自分になかったところなのでね。 
 別に否定的ではないですよ。でも、本来はイラクみたいな国が僕たちを必要以上にリスペクトしていないのは腹立たしい。本当は向こうがうざいと思うくらい回さないといけない」

ボール保持率を高めて、相手を圧倒する。アジアでならそれができるはずなのにできない。できていないことを本田は「課題」だというが、それは指揮官のスタイルの問題なのか、選手の力不足なのか?
指揮官の目指すサッカーのなかで自分をいかに表現するのか?
考えながらプレーしているのは清武だけでなく、本田もまた同様なのだろう。

「監督の真意というのを理解しながら、監督も僕らの意見を聞くし、僕らも意見を言い合ってどう自分たちのサッカーに変えていくかという過程で時間はかかっていると思うけれど……」と岡崎は言う。

勝つには勝った。若い選手たちがタフさを示せたことは、喜ばしいと素直に思う。けれど、指揮官も選手たちも、試行錯誤が続いている。
勝つことで得られる学びは大きい。今日の勝利が日本代表をどこへ導いていくのだろうか?

【取材・文 寺野典子】