第3回 「キャプテンの今季初ゴール。」  文・山雄樹

熊本地震で延期となった5試合は1引き分け4敗、積んだ勝ち点はわずかに1、「積み残した試合はアドバンテージになるかもしれない」という淡い希望は、無残に打ち砕かれ、チームにあまりにも過酷な過密日程を強いた。順位も、熊本地震発生前の5位から16位に落ちた。

8月21日(日)から9月11日(日)までの3週間で、リーグ戦5試合、天皇杯全日本サッカー選手権大会2試合のあわせて7試合、中2日、中3日の試合が、続きに続いた。その後の、9月4日(日)のJ2第31節愛媛FC戦にも敗れ、リーグ戦5連敗。J3降格圏、21位のギラヴァンツ北九州との勝点差は6に縮まった。8月、最高気温が35℃以上の猛暑日が、熊本市では観測史上もっとも多い26日と、記録的な暑さによる疲労も加わり、嫌な閉塞感、停滞感を覚える日々が続くが、「現状打破」の思いを込めて、書きかけていた文章を完成させたい。

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喜びを全身で表現した。強く拳を握った右腕を振り上げ、高く飛び跳ねた。キャプテン岡本賢明に待望の今シーズン初ゴールが生まれた。
「僕は点を取ることがチームに貢献することだと思っているんですけど、それが今年1回もできていなくて、ずっとチームの力になれていなかったのが、悔しかったですし、責任を感じていたので、本当に早く1点取りたいとずっと思っていて、やっと決められたので、喜びが出てしまいました」
岡本賢明は、そう言ってはにかんだ。

8月14日、ロアッソのホーム・うまかな・よかなスタジアムで行われた明治安田生命J2リーグ第29節、ロアッソ熊本対ジェフユナイテッド千葉。4月14日の熊本地震発生から4か月、また、ロアッソがリーグ戦に復帰して3か月となる試合だった。それも、相手は、あのリーグ復帰戦と同じ千葉だ。

5月15日、千葉のホーム・フクダ電子アリーナ。熊本地震の後、36日ぶりに、ロアッソがリーグ戦に帰ってきた、その一戦を1万4163人の観客が見守った。ロアッソ側のゴール裏の観客席は、赤く染まり、「ただいまJリーグ 熊本の笑顔の為に戦うばい」「全国の皆様の思いに感謝 世界に誇れる熊本を取り戻すけん」という復旧、復興への強い思い、支えに対する感謝が込められた横断幕が掲げられた。一方、黄色一色、千葉のサポーターは「心はひとつ。がまだせ熊本! 頑張ろう九州!」の横断幕、そして、響き渡った「熊本」コール。試合は、町田也真人の2ゴールで、千葉が2対0で勝利。試合後、ロアッソの選手達は、場内を一周し、両チームのサポーターから送られた激励の大きな声、拍手に、岡本、巻誠一郎、金井大樹は涙を流していた。岡本は、スカパー!Jリーグ中継で、私のインタビューに真っ赤な目をしたまま、答えてくれている。

「僕達は、サッカーをさせていただいていますし、これが決して当たり前じゃないということは皆さんにもわかって欲しいし、そのためにも僕らは、きょう、結果を出して、熊本にちょっとでも元気を届けたかったんで、それができなくて、本当に悔しいです」
「こうやってサッカーをやっている時は、日常が戻ってきたような感じがするんですけど、僕達が生活している熊本では、まだまだ、これが日常ではないし、本当に大変な思いをしている方がたくさんいるんで、そのなかでも、僕達は前を向いて、頑張っていこうと思います」

岡本は、実に、「快活」な男であり、「快闊」な男である。広辞苑によると「快活」は「はきはきして元気のあること」「明るくさっぱりして勢いのよいこと」、「快闊」は「気性がさっぱりして度量が広く、物事を苦にしないこと」「気性の晴れやかなこと」だ。

20160419ロアッソ岡本賢明1988年4月9日生まれの27歳。地元、熊本市にある私立ルーテル学院中学、高校を卒業し、2007年、コンサドーレ札幌(今の北海道コンサドーレ札幌)に加入し、7シーズンプレーした。札幌では切れ味鋭いドリブルや幼い頃から磨き上げたテクニックを武器に活躍し、2度のJ1昇格を経験。その人柄から副キャプテンや選手会長を任されたシーズンもあった。

そして、2014年、契約満了、いわゆる「戦力外通告」を受けたわけではなかったが、故郷、ロアッソへの移籍を決意した。この年、ロアッソには、熊本県宇城市出身の元日本代表FW巻誠一郎も加入している。岡本の思いは、強かった。
「自分は巻さんほどの存在ではないけれど、熊本のサッカーを盛り上げたい」

岡本は、今、「忘れられない1年」を過ごしている。「地震もあったが、いい意味で忘れられない1年にしたい」と語っている。

右膝の怪我と戦いながらの選手生活、ロアッソでは2シーズン連続で18試合に出場し、2ゴール。もちろん、本人はこの成績に満足していないが、今シーズン第21節セレッソ大阪戦(7月3日・うまかな・よかなスタジアム)では、J1・J2通算200試合出場(J1・43試合)を達成した。7月20日にホームで行われた第24節徳島ヴォルティス戦の前には、セレモニーで家族から花束が贈られ、父・達彦(たつひこ)さん、妻・桃子(ももこ)さん、長女・小夏(こなつ)ちゃん、次女・小春(こはる)ちゃん、そして、6月21日に誕生したばかりの長男・怜(れん)ちゃんと写真に納まった。

岡本は、家族について「ホームゲームは、ほぼ全試合、応援に来てくれている。『家族のためにやらないといけない』と、より一層、頑張る力が出る。もっと頑張らないと」と話している。長男誕生に際しては、直後の6月26日、アウェイ・岐阜メモリアルセンター長良川競技場での第20節FC岐阜戦、前半43分、睫一誠の先制ゴールに、チームメートとともに、「ゆりかごパフォーマンス」を披露、その中心で、左胸のエンブレムを握った後、スカパー!Jリーグ中継のカメラを指差し、両手でガッツポーズ。茶目っ気たっぷりの笑顔を見せた。岡本は、自らを「僕は、正直、チームをまとめるというよりは、一生懸命やって皆で頑張っていこうというタイプのキャプテン」と語る。

そんな岡本の個性を、私が司会進行役をつとめ、RKK熊本放送で放送しているロアッソの応援番組「VIVA!ROASSO RADIO(ビバ!ロアッソラーディオ)(毎週月曜日午後9時〜)」も頼りにしている。

この番組は、チーム発足2年目の2006年4月3日から始まった。ただ、番組スポンサーがつかず、「自局の赤字対策」の一環として、整理の対象となり、2011年2月28日の第255回の放送を最終回に、一度は番組終了に追い込まれたことがある。最終回の放送終了後には、多くのリスナー、ファンやサポーターの方々が、私達スタッフを労うために、熊本放送の社屋を訪れてくれた。母親と一緒に来た女子高校生から熊本名物の「いきなり団子」屋の御主人まで、チームカラーの赤い薔薇や、思いが綴られた寄せ書きなどを届けてくれた。翌日に、学校の授業や仕事があるにもかかわらず、夜遅い時間に、寒いなか、ラジオの放送を聴きながら、社屋の外で待ってくれていたのである。その時、私が号泣したことは、気恥ずかしい思い出だが、今も忘れられない感謝してもし切れない出来事だ。

その1年後、幸いなことに、当時、ロアッソを率いていた高木琢也監督(現・V・ファーレン長崎)と、懇意にしていたスカパー!の森元光一氏(当時・放送事業本部Jリーグ推進部マネージャー・現・事業戦略室事業戦略部マネージャー)のおかげで、番組を再開することができたのだ。スカパー!が番組スポンサーにつき、2012年3月5日に再開1回目の放送を迎えられた。結果として、およそ1年間の休止期間ということになった。以降、毎週放送を続け、今も、毎週月曜日午後9時から直近の試合の結果、監督や選手の声、ファンやサポーターからのメッセージ、スタジアムグルメの情報などを伝えている。

そのなかの名物コーナーが「やすこの部屋」という、岡本が司会進行役をつとめ、選手にインタビューするコーナーだ。コーナー名は、他系列の番組、テレビ朝日で1976年から続く長寿番組「徹子の部屋」にちなんだもの。キャプテンによる選手とのトークコーナーということで、安直ではあるが、はっきり言えば、誰もが知っているであろう「ゲストを招いてのトーク番組」のパロディである。決して岡本が黒柳徹子氏の物真似が得意であるということではない。

2015年7月6日、そのシーズンのキャプテン園田拓也の登場を第1回に、第2回では、黒木晃平が「突然、岡本と同じマンションの隣の部屋に引っ越してきた(もちろん、岡本は事前に引っ越しのことを知らなかった)」という仰天のエピソードが飛び出した。サッカーの話にとどまらず、趣味、熊本のお気に入りの場所など、話題は多岐にわたり、この1年間に19人の選手が出演している。また、クラブが主催した、昨シーズンのファン感謝祭のステージでも特別編として、収録を行ない、本家を意識して、岡本本人も大胆なアフロヘアーのかつらをかぶり、登場し、会場を沸かせたこともある。さらに、驚きなのは、スタジアムでも、コーナーにちなんで、「やすこ」というゲートフラッグを掲げるサポーターが現れるほどになったことだ。
 
熊本地震発生から4か月、ロアッソがリーグに復帰戦して3か月となった8月14日。仮設住宅の建設が進み、避難所から生活の場を移した人達もいるが、熊本県内では11市町村の50か所で1714人が避難所生活を続けている。そして、うまかな・よかなスタジアムも、その後、8月31日の第11節延期分、愛媛FC戦から、サイドスタンド、「ゴール裏」のスタンドが一部使用できるようになったが、この試合は、依然としてメーンスタンドしか使えないままだった。ピッチに向かって右側に陣取った千葉のサポーターが掲げたのは、3か月前と同じ「心はひとつ。がまだせ熊本! 頑張ろう九州!」の横断幕に加え、上段にもう1枚、「あの日からの絆は永遠に……」。

岡本は、試合前、「あの試合(5月15日のリーグ復帰戦)は、難しいゲームで、『この先、大丈夫か』と不安になったが、今は勝ててないけど、チームの戦い方ははっきりしてきた。実のある3か月を過ごすことができた」と語る一方で、この試合を迎えるまで4試合勝利がない現状について、「今は、リーグに復帰して結果を出さなきゃいけない状況で、結果が出ていない。選手として責任を感じている」とも話している。

また、チームを率いる清川浩行監督は、熊本地震発生からの4か月、リーグ戦復帰から3か月について、たずねると、「5月にリーグ戦に復帰してからは、正直、あっと言う間で、いっぱいいっぱいだった。次から次へと試合が来る。自チームのマネジメント、相手チームのスカウティングが押し寄せてきた。選手達が1試合戦うコンディションやメンタルを整えるのに、復帰戦から1か月以上、かかってしまった」と指揮官としての労苦を吐露した。事実、熊本地震後の初勝利は、6月8日の第17節ツエーゲン金沢戦(5対2)と、復帰戦から、およそ1か月かかった。復帰戦から4連敗を喫した後、ようやくつかんだ勝利だった。さらに、「自分の経験のなさを感じている。経験があれば、もっともっと勝たせられるのに。選手達に助けられている。申し訳ない」と、自分を責めさえした。

地震発生から4か月、ロアッソとしては、リーグ戦復帰から3か月、相手は復帰戦と同じ千葉、節目の試合を迎えた。
「県民に元気を」「子ども達に夢を」「熊本に活力」をというクラブ理念を掲げるロアッソにとっては、是が非でも勝ちたい試合だ。相手がたとえ、通算成績2勝4引き分け7敗、得点7失点29と圧倒され、ホームでは、2012年以来、勝ったことがない千葉であっても。

前半31分、平繁龍一の今シーズン5ゴール目で先制に成功すると、後半9分だった。

「スライディングタックルは園田、そして、睫。守備から攻撃が入れ替わりました。
嶋田から縦パス、清武。さあ、岡本だ。岡本のシュート。決まりました。キャプテン岡本、今シーズン初ゴール。熊本が大きな大きな追加点、2対0としました」
「会心のガッツポーズ。全身でのガッツポーズでした」(スカパー!Jリーグ中継での私の実況アナウンス)

ロアッソが身上とする球際の強さ、攻守の速い切り替えからチャンスを作る。園田拓也がセンターサークル右で、ボールを奪うと、碾飽貔燭つなぎ、嶋田慎太郎へ。嶋田から縦に入ったパスを清武功暉がワントラップ、ヒールで、右サイド相手DFの背後のスペースにパスを送ると、そこに岡本が走りこんでいた。相手DFラインを破り、PA内にドリブルでボールを運んで、ゴール左隅に豪快に蹴り込んだ。
「(清武)功暉に入った瞬間に、完全に裏を取れるなと思ったら、すごくいいボールを出してくれたので、キーパーと1対1で、後は決めるだけだった。今ままでもチャンスが何回かあったが、決められなくて、きょうは、決まって良かった」(岡本)

さらに、後半29分、今度は左サイド、キムテヨンからのパスをまたも清武が、ワンタッチで相手DF裏のスペース、PA内に供給。受け手は再び、岡本。岡本は胸トラップで、ボールをおさめると、懸命に戻る千葉のDF2人を切り返してかわし、左足でシュート。岡本の、この試合2点目で3対0とリードを広げた。
「不思議なもので、1点取ると、少し余裕が出てきて、ゴール前で落ち着いて決めることができた。背後を取った瞬間にシュートを打とうかと思ったが、やっぱり1点取っている余裕で、周りが見えていたので、切り返すことができた。いつもあれぐらいの落ち着きを持ってやれれば、もっといいと思う」(岡本)

大事な大事な試合を快勝で飾ったロアッソ。ロアッソには、勝利後に「カモン!ロッソ」というチャントに合わせて、選手とサポーターが躍る「勝利の儀式」がある。2012年8月12日、ホーム・KKWINGでのJ2第28節対栃木SC戦からはじまった。当時の中心選手だった藤本主税(現・ロアッソジュニアユース監督)、南雄太(現・横浜FC)、北嶋秀朗(現・アルビレックス新潟コーチ)と、今もロアッソでプレーする藏川洋平が、「ファンやサポーターと一緒に勝利を喜べるものを」と考案し、5シーズン続いている。

熊本地震発生前、つまり、スタジアムのすべての観客席が使用できたときは、サイドスタンド、「ゴール裏」のスタンド前に選手が集まっていたが、この試合は、メーンスタンド前で、その歓喜のセレモニーが行われた。屋根がない部分のスタンドで、空高く、歌声が突き抜けていく光景も素晴らしいものだが、この日のように、スタジアムの屋根に反響した声が何倍にもなって大きく響いたのは、また格別だった。

試合後、岡本は、「自分でもすごく早いのか、遅いのかわからない4か月で、本当についこの間のようですし、すごく昔のことのようだし、難しい4か月だったと思うんですけど、まだまだ復興には時間がかかります。ただ、僕達は、サッカー選手として、サッカーで熊本を盛り上げることはできると思うので、これからも熊本を盛り上げていきたい」と力を込めて語ってくれた。

そして、この日、家族と一緒に車でスタジアムを後にした岡本に、3歳の長女・小夏ちゃんは、こんな言葉を掛けた。
「パパが決めたから、嬉しかった!」


◇著者プロフィール:
山雄樹(やまさき ゆうき)
熊本放送(JNN・JRN)アナウンサー。1975年(昭和50年)6月16日、三重県鈴鹿市生まれ。立命館大学産業社会学部を卒業後、1998年熊本放送入社。主にスポーツの中継アナウンスや取材、番組制作を担当。系列のアナウンサーの技量を競う「アノンシスト賞」では、「テレビスポーツ実況」部門で二度、「ラジオスポーツ実況」部門で一度、九州・沖縄ブロック審査で最優秀賞、2015年度は、全国審査で優秀賞を受賞した。
 チーム発足時からJ2ロアッソ熊本の取材や応援番組の司会を続け、2008年のJ2参入以降は、スカパー!Jリーグ中継でホームゲームの実況をつとめる。