「難しい試合だったけどね。勝てて良かった」
 試合終了後、チームのもとへ向かう田嶋幸三会長とすれ違う。
「おめでとうございます」というこちらの言葉に、シンプルに安堵感の伝わる返事が返ってきた。

9月1日のUAE戦敗退から5日後の9月6日、バンコクで行われたタイとの最終予選2戦目を日本は2−0と勝利。
「新しい選手を試し、競争を促したい」という指揮官は、UAE戦から3人のメンバーを入れ替えた。1トップを岡崎から浅野に、左ウィングは清武から原口。ボランチには大島に代わり山口を起用した。そして原口が先制点、浅野が追加点を決め、采配が功を奏したことになる。

それでも……UAE戦に続き、この日も数多くのシュートを打ったが、ゴールはわずか2点だけ。「もっと多くのゴールを手にできたはずだ」という印象は消えない。守備力に定評のある山口を起用したことで、相手の攻撃を封じ込めることはできたが、それでも70分、GKとの1対1というピンチを招いた。西川のセーブによって助けられた。75分に浅野の追加点が決まるまでは、アドバンテージを握っているという余裕はピッチ上からも感じられはしなかった。

勝利にも危機感
「今日見ていても、このまま1点だけで終わっていたら、もしかしたら同点になるということも考えられた」
この日試合に出なかった岡崎は「自分がゴールを決めることができれば、チームへの安定感をもたらすことができる」とストライカーとしてのゴールの重要性を話した。同時に、チームの現状について次のように語った。

「(原口)元気や(浅野)拓磨はよくやっていたし、新しいバリエーションにもなったと思う。ただ、“そこからどこで崩すのか”という部分ではまだ改善できていないところもあった。“どこで仕留めるか”はまだはっきりしていない。守備の面でも、“違う相手だったら”と考えると、また話も違ってくる。
 試合全体像を見ると、やっぱりバランス的に大きく崩す瞬間もあった。それは誰かが出たからと言って、大きく変わる問題ではないと思う。選手全員でこの問題に取り組んでいかないとダメだ。これからイラク、オーストラリア、サウジアラビアとどんどん強い相手になってくるから。チームとして仕上がっていないと戦えない。仕上がりというのはバランスだと思う」

自身3大会目となるアジア最終予選。アウエイでの勝利だけでホッとはできない。岡崎が抱く“危機感”が伝わってくるようだった。

日本代表監督に就任してから1年半。ハリルホジッチ監督のチーム作りは進んでいるのだろうか? 
スタメンの選手の顔ぶれはW杯ブラジル大会とそう大きな違いはない。両サイドバックも内田や長友が選出できれば、彼らを選んだ可能性は高いだろう。GKと右アウトサイドの選手が違うだけだ。

若い選手をテストする機会はあったが、継続して起用できるほどの選手は居なかったのか?
「合宿時間の少なさ」「選手のコンディション問題」など、指揮官はいつも同じ話を繰り返す。しかしそれは代表チームなら当然のこと。現在日本代表には20名近いスタッフが帯同している。複数の通訳をはじめ、監督の要望に応えた贅沢な布陣で、環境を整えているのである。

リーグ出場機会のない欧州組、リズムに適応できない国内組
「今までで最も調整が難しい合宿だった。3、4人の選手以外は、いつもなにかが足りない状況で参加していた。試合のプレー時間、パフォーマンス、疲労があった。そして国内組に関しては、我々が求めているプレーのリズムにまだ適応できない。パフォーマンスを上げるために、少し選手を休ませた。そして、国内組も我々のリズムにだんだん適応してきた。(中略)批判は受けるが、私はなにをすべきか分かっている。理想からはまだ遠い。ここ3カ月間、日本代表を見ているが、いくつかのことを忘れているんじゃないかという感じもする。プレーの原則をどうするかというドキュメントを作り選手に渡した」

タイ戦前日、ハリルホジッチ監督はそう話したが、その顔に覇気はなかった。UAE戦でのことが尾を引いているのは明らかだった。そんな指揮官の心理状況を危惧する気持ちもあったが、「いつものこと」と選手たちは慣れた口ぶりだった。

20数名の選手のうちで、100%の状態なのは3、4人しかいないという彼の言葉は、非常事態を表しているようにもとれる。だが、欧州各リーグが開幕したのは8月中旬から下旬にかけて。試合数が少ないのは致し方ない。フランクフルトでレギュラーとしてプレーしている長谷部誠とて、リーグ戦1試合を終えて代表に合流したが、試合勘という意味でのコンディションは良好ではなく、UAE戦に続き、タイ戦でも自陣近くでミスをおかしている。

シーズン開幕直後の欧州組、シーズンが佳境に入った国内組。二つのグループのコンディションが整わないのは、なにも今年が初めてというわけではないだろう。Aマッチが開催される時期もここ数年、大きな違いはないのだから。100%を求めることができないのは、十分に予想できること。確かに長友や柏木をはじめ負傷に見舞われた選手もいるが、コンディションのことを言い訳にはできない。

シュートが決まらないのも、ミスが多かったことも、試合勘の乏しい欧州組起用なら、当然起こりうること。ましてや今後のカレンダーを見ても、香川、岡崎、清武をはじめ、チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグを戦う選手も多い。そして、もしかしたらそれ以上に深刻なのは、本田、吉田など所属クラブで試合出場機会の乏しい選手たちの存在だろう。試合に出ていないことでの弊害が大きくならないことを祈るばかりだ。
 
そして、この公式会見で注目すべき監督の言葉がある。
「国内組に関しては、我々が求めているプレーのリズムにまだ適応できない」
そう指揮官は断言しているのだけれど、総じてJリーグでプレーする選手たちが試合に起用される機会は少ない。「適応できていないから、起用できない」ということなのだろうけれど、起用し続けることで適応するようになる面もあるはず。そういう作業が代表チームの底上げ、本当の意味での選手層を厚くする作業になっていくのだから。

繰り返される言い訳
「勝てばいいですよ、勝てば」
最終予選に必要なのは勝ち点であることは明白な事実だ。そうやって、最終予選を勝ち抜き、W杯本大会に進出しては「世界の壁は厚い」「アジアと世界は違う」と打ちのめされる。サッカー日本代表はこの20年あまり、それを繰り返してきた。結果、アジアでも絶対王者の立場ではいられない。「タイを相手に2点しか取れない」チームになった。

ハリルホジッチ監督が、決定力不足を嘆くたびに、「何を今更」と思う。
日本代表の決定力不足は大きな欠点であると同時に、言い方を変えれば一つの個性でもあるのだから。そんなことは監督に就任する前からわかっているはずだ。そして、その欠点を補うのが、指揮官の仕事ではないのか? 日本サッカー協会はそれを求めて、ハリルホジッチを任命したのではないのか? 嘆けば得点が増えるというのなら、それでも良いけれど。

「いつかW杯で優勝する」
そのために「世界で通用するサッカーを」と、ザックジャパンは試合の内容にもこだわり戦ってきた。しかし、4年間積み上げたはずのサッカーはブラジルの地で散った。加えてアジアカップでも敗れた。たぶんきっと選手たちの野心も木端微塵になったはずだ。「自分たちのサッカー」への信頼が揺らいだとしても致し方ない。

ザッケローニ監督を全面的に支援してきた日本サッカー協会も同様に傷ついただろう。
しかし、ブラジルでの最後の日、監督が辞任を口にした会見で、責任を問われたサッカー協会会長は「何の責任か?」と言い切った。その後、就任したアギーレ前監督は、八百長問題で日本を去り、そして就任したのがハリルホジッチ監督だった。
 
現在、W杯後の監督選考にそれほど長い時間をかけることができない。よって、たとえばブラジル大会を総括し、その後に監督を探す作業をしたのでは遅すぎるということもあるのかもしれない。
だとしたら、結果に左右されない「長期ビジョン」を描く必要がある。

ドイツ代表の改革は2000年のユーロを機に始まったと言われている。2002年のW杯で準優勝に輝いたにも関わらず、「このまま、フィジカル中心のサッカーでは将来がない」と、育成年代からの改革を実施。15年近い月日を経て、ブラジル大会でW杯優勝に輝く。そんなドイツであっても、代表には20代前半の選手たちがチャレンジする機会があり、大きなグループ(選手層)で、試合を戦っているのだ。

未だにチャンスを決めきれず、前線で失ったボールでカウンター攻撃を受けると一転失点のピンチを招く。日本代表のサッカーは相変わらずだ。

ブラジル大会から2年が経った。
日本代表は、どれくらい前へ進めているのだろうか? 時計が止まっているような気がしてならない。

[取材・文 寺野典子]