Football Weekly編集部では、熊本地震で被害を受けた当事者となったロアッソ熊本に関して、何か出来ることはないだろうかと考えてみた。大災害からの復興は簡単かつ短期的に解決出来ることはではないことは、3.11の「東日本大震災」の現状を見るまでもなく、誰もが思うことだろう。さらにいえば被災した人たちが受けた心の傷には、計り知れないものがあることも事実だろう。

だが、月日は流れるし、当事者ではないものには、その「恐怖」とも呼べるかもしれない、「被害」への実感は弱い。

そうした「実感」を所詮他人事と思わないためには、当事者からのレポートが大事だろうと考え、スカパー!Jリーグのロアッソ熊本の試合のアナウンスと熊本放送のラジオでロアッソ熊本の応援番組を担当する山崎雄樹氏に原稿を依頼した。
 単なる現状報告ではなく、ここから始まるこれからも視野に入れながら、当事者として、なんとか「復興できた」かもしれないと思えるまでを書いて欲しいとお願いした。

当事者しか分からないことを真ん中において、クラブ、選手、サポーター、地域のこと、そしてそれを伝える自分たちのことを伝えてもらう。いつが終わりなのかは分からないが、当事者である彼らが「良いだろう」と思うまで連載は続く。基本的には月に2回以上と考えているが、それは熊本の現状次第で、不定期にならざるを得ないとも思っている。
 とにかく、第1回を掲載できることになったので、まずは読んで頂きたい。

footballweekly 発行人 刈部謙一

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

第1回 「帰ってきた、ホーム。〜絆宣言〜」  文・山雄樹

「42分の1試合だけど、いろんな感情があって、いろんな出来事があって、やっと帰ってきたホーム。帰る場所、帰るホームがあるのはいい」。
 思いを噛み締めるように、しみじみと元日本代表FW巻誠一郎は語った。

熊本地震発生から81日目、2016年7月3日、明治安田生命J2リーグ第21節ロアッソ熊本対セレッソ大阪の試合が熊本市東区の県民総合運動公園陸上競技場、うまかな・よかなスタジアムで行われた。ロアッソにとって85日ぶりのホームゲームだ。

4月14日、4月16日と二度、震度7の地震が熊本県を襲った「熊本地震」の影響で、ロアッソは、この3か月間、千葉県柏市の日立柏サッカー場、兵庫県神戸市のノエビアスタジアム神戸、そして、佐賀県鳥栖市のベストアメニティスタジアムでは2試合と、ホームゲーム4試合を熊本県外で開催せざるを得なかった。スタジアム自体も、扉のガラスが割れたり、天井が一部落下したりと被害を受け、さらに救援物資の輸送拠点や避難所となるなどし、試合会場として使えなくなったためである。

ただ、地震直後に訪れたスタジアムのピッチは鮮やかな緑をたたえ、建物自体の損傷も試合ができないほど、ひどいものには思えなかった。それでも、水や毛布など大量の救援物資が、所狭しとコンコースに積まれ、その物資を運び入れる大型トラックが何台も列を作り、避難所などに向けて自衛隊の車両がひっきりなしに出発していく様子を目の当たりにすると、さすがに、「ここは前線基地なんだ」と、スタジアムがすっかり変わってしまった現実を思い知らされた。

pl-2014265478893クラブは、「7月からは熊本でホームゲームを開催したい」と切望し、その思いに熊本県、熊本市などの自治体も応え、急ピッチで安全確認を進めた結果、総座席数32000席のうち、メーンスタンドの9800席だけを使用しての試合開催に漕ぎ着けることができた。
 スカパー!Jリーグ中継で、ロアッソのホームゲームの実況アナウンスを担当している私にとっても、およそ3か月ぶりの、ホームスタジアムでの仕事だった。

「私たちの生きがいの場所だから、戻って来られて嬉しい」と、赤いロアッソのTシャツとレプリカユニホームを身にまとった母と娘の親子サポーターが、試合前、微笑みながら喜びを語ってくれた。さらに母は娘を指して、「この子が、昔、絆宣言をしたんです」と教えてくれた。

ロアッソのホームゲームでは毎試合、「絆宣言」と呼ばれるセレモニーが行われる。「県民に元気を」「子ども達に夢を」「熊本に活力を」というクラブの理念が盛り込まれた文章を、小学生から高校生までの、基本的に一人の「子ども」が読み上げる。Jリーガーが己の誇りをかけて勝敗を決する戦いの舞台も、この時ばかりは、お互いのサポーターが、可愛らしい宣言者に笑顔で拍手を送り、温かい空気に包まれる。

この「絆宣言」が始まったのは、クラブスローガンに「絆」という言葉が入った2009年シーズンの第10節(4月26日・対ベガルタ仙台)からだ。このセレモニーを考案したのは、ロアッソの運営会社アスリートクラブ熊本の事業本部広報・運営グループ長の川学氏。これまで、メディアの取材対応に当たったシーズンもあれば、試合の運営を任されたシーズンもあり、どちらの立場でも常に温厚で丁寧な語り口の方である。

ロアッソが発足して(発足当時のクラブ名はロッソ熊本)4年目、J2参入初年度の2008年、静岡市の清水サッカー協会から故郷熊本のクラブに入社した川氏は、「甲府のフェアプレー宣言が好きで、熊本版をやりたかった」と、発案の理由を語る。ヴァンフォーレ甲府と言えば、地方都市にあり、予算規模も決して大きくないながらも、最高峰のカテゴリーで健闘を続ける「プロビンチャ」と呼ばれるクラブの代表的存在だ。

また、川氏は「当時成績が良くなくて、もう一度、皆で初心に帰ろうという思いがあった」と話す。
 実際は第9節を終えて、3勝2分4敗、勝点11で18チーム中10位と、J2参入2年目の序盤としては、悪くない数字だったが、このシーズンの目玉として元日本代表MF藤田俊哉が加入したことによる期待度や、ホームでは4試合で1勝1分2敗という成績から見ると「良くない」ということになるのだろうか。入場者数も草津(今の群馬)との開幕戦こそ、7013人を集めたが、第4節愛媛戦は3531人、第6節札幌戦は4653人、第8節湘南戦は3382人と、目標にしていた1試合平均6000人からは、遠い数字だった。

クラブ発足1年目、2005年の九州リーグは、15勝3敗(うち2敗は90分間で決着がつかずその後のPK方式での敗戦)で優勝、その後も、JFL・日本フットボールリーグ昇格1年目(2006年)は、20勝6分8敗で5位、2年目(2007年)は21勝6分7敗で2位と、圧倒的に勝利の方が多かった。だが、リーグのカテゴリーが上がれば、勝つことは容易ではなくなる。
 今でこそ、松本山雅FC、V・ファーレン長崎など、J2参入間もないクラブが、J1昇格や昇格プレーオフ進出を果たすなど躍進を見せることもあるが、当時のロアッソは、負けることの方が多くなった。

熊本の県民性は、「肥後もっこす」という言葉でよく表現される。誤解を恐れずに言えば、熊本の人は、熊本のことが大好きで、負けることが大嫌いである。実際、私の周辺でも「ロアッソは、いっちょん勝たん(熊本の方言で「全然勝てない」)」という声を聞き、耳の痛い思いをしたことが何度もある。
 クラブが、絆宣言を導入しようと考えたのは、ともすれば「勝つことがすべて」という勝利至上主義に傾きがちなサポーターの心情を読み取ったものだと言える。

ただ、熊本県民は頑固で負けず嫌いなだけではなく、人情味に厚い。一度、信用、信頼した相手には心を尽くしてくれる。私も熊本に来て、恩人や師と呼べる人に出会い、同士と言える仲間ができた。

こうした背景から、クラブは「絆キャンペーン」をスタートさせた。さらに、小学生・中学生・高校生を対象にした割引チケット、1人当たりの金額が割安になる、家族向けのチケット、この年の定額給付金をターゲットにした回数券の販売を行うなど、チケット戦略による観客動員数の増加をめざした取り組みも展開した。

しかし、何より大切なのは、クラブが、この「絆宣言」によって「県民クラブ」として歩むことを再確認し、ファンやサポーター、そして、熊本県民に発信したことだった。

ロアッソくまもと きずなせんげん

(対戦相手クラブ名)サポーターのみなさん、
ようこそ くまもとへ。
くまもとサポーターのみなさん、
ようこそ「うまかな・よかなスタジアム」へ。
「けんみんにげんきを」
「子どもたちにゆめを」
「くまもとにかつりょくを」
そんなねがいからロアッソくまもとは、うまれました。
私たちは、そのおもいをむねに、
ロアッソくまもとをささえてくれる、すべてのみなさんと、きずなをむすび、
「くまもとのげんきのために」
「にっぽんのげんきのために」
ともにあゆみつづけます。

(  )年(  )月(  )日
ロアッソくまもとサポーター(名前)

今でも、ロアッソの選手たちは、巻を筆頭に避難所を中心に物資を届けたり、サッカー教室を開き、子どもたちと一緒にボールを蹴ったりしている。その行動は、まさに、「絆宣言」にあるクラブの理念通りなのだ。(つづく)


◇著者プロフィール:
山雄樹(やまさき ゆうき)
熊本放送(JNN・JRN)アナウンサー。1975年(昭和50年)6月16日、三重県鈴鹿市生まれ。立命館大学産業社会学部を卒業後、1998年熊本放送入社。主にスポーツの中継アナウンスや取材、番組制作を担当。系列のアナウンサーの技量を競う「アノンシスト賞」では、「テレビスポーツ実況」部門で二度、「ラジオスポーツ実況」部門で一度、九州・沖縄ブロック審査で最優秀賞、2015年度は、全国審査で優秀賞を受賞した。
 チーム発足時からJ2ロアッソ熊本の取材や応援番組の司会を続け、2008年のJ2参入以降は、スカパー!Jリーグ中継でホームゲームの実況をつとめる。