2月19日金曜日、20時30分という遅いキックオフにも関わらず、スタジアムはほぼ満員。ブンデスリーガのフランクフルト対ハンブルグ戦。フランクフルトサポーターの熱く野太い歌声が響く。
 しかし、試合はスコアレスドローで終了。どちらのチームもミスが多く、勝ち点1を拾えたことを納得せざるを得ない内容だった。
 
 試合の開始早々からハンブルグは両サイドバックが高い位置をとり、ホームのフランクフルトを自陣に押し込んでいた。
 そのハンブルグの右サイドバックで先発出場したのが酒井高徳。今季、シュトゥットガルトからハンブルグへ移籍したものの先発定着までには長い時間を要した。

 試合出場機会が遠ざかるとどんどん試合勘がにぶり、たとえチャンスが訪れても良いプレーができない。
「そこが攻撃陣選手との違いだと思います」と酒井。それでも昨年11月7日以降は先発に定着。後半戦も、2月に入って3試合連続で先発している。
「あれほど長く所属チームで試合出場から遠ざかることは初めてのことだった」と話す表情には確かな自信が垣間見えた。
 
 その酒井と対峙したのがフランクフルトの長谷部誠だった。左サイドバックでの先発はあまり例がない。この日は出場停止選手の代わりでの起用だった。昨シーズンは本職であるボランチでの出場時間を伸ばしていたが、今季は右サイドバックでの起用が目立つ。

「とにかく失点はしないようにしようと、無難なプレーに終わったかな」と静かに話す長谷部。
「自分がもうひとつ上へ行くためには、与えられた仕事を“こなす”プレーだけじゃなくて、自分の特長や個性を出していかなくちゃいけない。もっとチームが勝つために貢献できるプレーをしなくちゃいけない。(不慣れな左サイドバック)だからしょうがないと思ったら、これ以上は望めなくなる」
 厳しい口調の長谷部からはジレンマが伝わってきた。

 今季は決して好調とはいえないフランクフルト。試合ごとに先発が変わり、長谷部のポジションも右サイドバックに固定されたかのように見えるがボランチでの起用がないわけではない。前節のケルン戦ではボランチで先発しているが、70分で交代。
「満足ができるプレーではなかったですね。もっともっと、このチームで求められているプレーを高いレベルでやらないと、次いつ中盤でチャンスが回ってくるかなという感覚はあります」

 指揮官やフロントが足りないと思えば、質の高い新しい選手が容赦なく補強される。それが欧州のクラブでもある。世界中から選手を調達できるのだから。それは今に始まったことではなく、ドイツへ渡って以降、長谷部が立っている場所では当然の話。新戦力の登場に怯えたり、熱くなりすぎるようでは生きてはいけない。次節は出場停止明けの選手も戻ってくる。しかし、長谷部がやるべきことは、自身に先発ポジションが与えられないかもしれない現実を受けとめて、淡々と準備するだけなのだ。

「とにかく今は、自分のこと以上にチームのこと、チームの勝利が大きい。だから、僕個人としてチャンレンジするところと、セーフティにやる部分というのが難しいところ」

 無難にそつなくこなすことで得られる及第点。それ以下では監督からの信頼度も低下する。しかしそれだけでは、“誰かの替え”で終わってしまうかもしれない。だからこそ、そんな場所であっても自分らしさを発揮し、勝利を呼び込むことを諦めはしないはずだ。

「もうひとつ上へ行くために」
この日長谷部が何度か口にしたその想いがあるから、厳しい状況を打開するためにエネルギーが生まれるに違いない。

 試合終盤のセットプレーでの場面。自陣を守ろうとする選手たちに「前線へ行け」と指示を出す長谷部の姿は、まさしくベテランであり、チームリーダーだった。

 
[取材・文 寺野典子]