1月30日、U-23リオ五輪アジア予選決勝が行われた。
決勝のカードは日本対韓国。

アジアの代表としてオリンピック出場を決めた両チームの戦いは、個の力で日本を上回る韓国が優勢に試合を進めた。
日本は前半20分に先制され、後半開始2分に追加点を沈められる。
2得点を奪われ万事休すかと思われた日本代表だが、後半22分に1点を返し、同23分には立て続けのゴールで、スコアを振り出しに戻す。
それまでの劣勢がウソだったかのように息を吹き返した日本は、後半36分に決勝点を決め、0-2から試合をひっくり返した。



フットボールの世界ではときにこのような展開のゲームを目にする。
そんな試合を前にすると、私はその選手たちの戦う姿とボールの行方に、ふつふつと勇気がわく。
そして、勇気が欲しいな、と思うときに、ふとまたその試合のことを思い出す。
なんでもいい、勇気が欲しいと思う瞬間はそれぞれで、その勇気をくれる対象もそれぞれだと思うから。

意識してのことではないが、ハードディスクに溜まった試合の中からたびたびそのような試合を見返すことがある。
たとえば、2004/05のCL決勝。
リヴァプールがミラン相手に0-3の劣勢から後半の6分間でスコアをタイにし、PK戦の末に優勝する試合だ。
ジェラードがヘディングで1点を返し、リヴァプールファンを煽るあの姿と、PK戦でのGKデュデクのタコの様な変な動きを今でも忘れない。
まるでそうなることが決まっていたかのような試合展開に、心を動かされたフットボールファンは少なくないはずだ。

私は今回の決勝の日韓戦にそれと近いものを感じ、彼らから勇気をもらった。

シュチュエーションからいえば、そこまで起こりえないことでもなかったかもしれない。
ただ試合を通し、恐さを感じさせた韓国の攻撃陣に対して、日本は原川力、浅野拓磨、という選手の登場によってゲームを動かし、反撃の1点目を境に一気に主導権をモノにした。
試合後のインタビューで、手倉森監督が「勝つことになっていたのかな」と声をつまらせて語ったように、すべてが驚くほどに上手くハマったゲームだった。

原川が入ることで中盤に攻守の厚みがうまれ、1トップになっても久保は充分にその役割を全うした。案の定韓国は後半に入り運動量が落ち、日本は「浅野」という切り札を投入することで攻撃にギアを入れ替え、裏を突くことで韓国DFの足はより一層疲れを見せた。
そして日本の攻撃に対し跳ね返し切れなくなった韓国DFのクリアを拾い、セカンドボールをシンプルにゴール前へ送って、浅野がそれを沈めた。

上手くハマった、という言葉以前に、あの試合状況の中からその展開を作り出したのは選手たち自身だった。
後半早々に追加点を取られても焦ることなく、選手それぞれが目の前の相手よりも走り、体をはって、ゴールを奪い、守りきった。

とりわけ浅野にとっては、決勝点を取るまでが自分の仕事だという決意があったようにも見えた。途中交代でもなんなく試合に入っていける彼のスタイルは、広島でのスーパーサブとしての経験のたまものだ。ルーティーンであるという、何かを口ずさんで祈る様な表情も試合中に見せた。自分が落ち着く、自分がどうやったらいつも通り、またはそれ以上のプレーを出せるか、彼にはその準備が足りていたのだ。

また、前線で体を張り続け、タメを作り、守備にも奔走した久保こそがチームに意地と執念を与えていたように感じた。

シンプルだが容易ではないタスクを前に、選手たちに勇気を与えたのが手倉森監督だとしたら、その勇気を実際に私たちに見せてくれたのが、選手たちであったように思う。

日本サッカーにとっても意味のある一戦であり、この先何年も、彼らのこの姿を簡単に忘れることはできないだろう。

[文 刈部喬太]