第8回 小野伸二という贈り物

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 ボールを持つだけで、敵チームのサポーターから容赦ないブーイングが起きる。
 しかし、彼が放つパスがその罵声を悲鳴に変えてしまう。
 決定的な得点チャンスを生み出す小野伸二選手のパスは、受け手に優しいベルベットパスと呼ばれているけれど、僕にとっては「ハチのひと刺し」というか、一瞬にして相手の急所を突く、怖さのある縦パスの印象が強い。

 地元、コンサドーレ札幌を応援することでサッカーに興味を抱いた少年時代。
 敵ながら、敵だからこそ、僕は小野伸二選手に魅了されてしまった。
 初めて小野選手を見たのは2000年7月16日、室蘭で行われたコンサドーレ対レッズ戦だった。弟がサッカー少年団の一員としてスタジアムへ観戦に出かけていて、引率者として帯同していた父ともども、「テレビに映るんじゃないか?」ということで、僕は母親と一緒に自宅でテレビ観戦していた。

 どんなに狭いスペースであっても、小野選手がボールを持った瞬間、まるで空気が止まったみたいに生まれる不思議な“間”は、他のJリーガーには生み出せない特別なものだった。
 執拗なマークにも微動だにせず、パスを受けるとさらりと相手をいなして、味方へ横パスを出すこともある。その姿はとても優雅だ。そして、再度パスを受けるとスパッと、鋭い縦パスが蹴り出される。
もちろん、抜群の技術の高さの持ち主だけれど、コンダクターのように試合のリズムを変えてしまうプレイこそ、日本人離れした小野伸二選手の魅力だと思う。

 その2週間後となる7月29日、札幌・厚別でもレッズ戦が予定されていた。
「あの小野選手が見られるなら、行ってみたい!」
 サッカー少年団に入っている弟たちに比べると、若干サッカー熱の低かった僕のJリーグ・デビューがこの試合となった。J2でのライバル同士の対決。アウエイまで大勢のサポーターが駆けつけた浦和レッズ。それを迎えるコンサドーレのサポーターは、大きな人文字を作りキックオフ前を盛り上げた。対する浦和の横断幕……まったく想像していなかった熱気に僕はやられてしまった。
 しかも試合は2対1でコンサドーレが勝利! 小野選手がベンチ入りすらしていなかったことも忘れて歓喜に酔いしれていた。
 厚別でサッカーの、そしてJリーグの虜になった僕。
 僕にスタジアムへ行きたいと思わせてくれたのは、小野伸二選手だったのだ。

 そんな僕にとってのナンバー1アイドルの小野伸二選手が、なんと、なんとコンサドーレ札幌の一員になる。

「仮契約を結び、6月本契約」と2014年1月に報じられたニュースは、本当に衝撃的でした。AFCチャンピオンズリーグに出場しているシドニー・ワンダラーズの小野選手のはつらつとして姿に期待が大きく膨らみました。今季のコンサドーレ札幌の試合を見ていても、「ここに小野選手が入ったら……」という目で見てしまいます。
 そして、6月9日の加入会見、練習合流……選手登録が可能になるまでの1カ月あまり。ワールドカップブラジル大会の最中も、「札幌・小野伸二」のニュースを追い続けてしまいました。

 7月20日札幌ドーム。小野選手が札幌デビューを飾った対大分トリニータ戦には2万人を超える観客が集まりました。東京のアパートでテレビ観戦していた僕も、ドームに集まったコンサドーレサポ同様の興奮がありました。仮契約報道から半年、やっとこの日がやってきたのです。
 マイ・クラブに、大好きな選手が加入する。想像すらしていなかったことが現実になる!

 しかし、キックオフと同時に僕のなかの興奮は、少し穏やかなものに変わりました。キラキラ輝いていた小野選手も、赤と黒のコンサユニをまとい、ボールを蹴れば、「うちの選手」という感覚になるものなんですね。「しっかりやってくれよ」と他の選手同様に見えてしまう。贅沢だなぁとは思うし、不思議なんですが、小野選手がいることが日常みたいに思えちゃうというか、加入してくれたことでひと安心みたいな感じになりました。

 ローリング・ストーンズが来日するたびに、うちのオヤジは必死でチケットを獲り、待ちに待って、東京ドームへ駆けつけます。オヤジのワクワク感はハンパないです。でも、1曲目の「ジャンピング・ジャンプ・フラッシュ」を聴くと、ビールを買いに行くんですよ。そんなの始まる前に買っておけよと思うけど、始まる前は興奮してそれどころじゃない。でも、キースのギターが鳴り、ミックがステップを踏んで登場し、シャウトするその声を聞くと、ひと安心で満足感に浸ってしまうんだと思います。

 今の僕は、そんなオヤジと似ているなと思います。
 あぁでも、満足感はまだないですけれど。

 小野選手の加入から約1カ月が過ぎました。
 消化されたのは7試合。1勝2分4敗。24節からの4連敗が響いたのか、8月25日の札幌ドームでの栃木戦は、観客も1万人を切りました。もしかしたら「小野伸二効果期待裏切る」みたいな風に考える人もいるのかもしれませんね。
 でも、僕はそうは考えていません。

 ひとりの選手が加入したことで、試合やチームが変わることがあります。だから、小野選手が加入し、コンサドーレが変わることに期待していたのも事実です。もちろん劇的に変われば、それは素晴らしいことです。そういうシーンを妄想したこともあります。今だってイメージしちゃいます。
 だけど、サッカーはそんなにイージーなものじゃない。
 なんだか、負け惜しみみたいですが、サッカーは1+1=2にはいかないから、楽しいんだと思うんです。A選手とB選手を交代させれば、得点力がアップするとか、ウィイレみたいにはいかない。データー通りの結果にならないから、サッカーは面白い。

 コンサドーレ札幌が発足して15年余りが経ち、札幌でサッカーをする子どもたちの数は増えたと思います。それでも、サッカーが根づいているのかと言えば、日本一のサッカー処である静岡県で生まれ育った、現コンサドーレ札幌社長の野々村芳和さんからすれば、まだまだ物足りないはずです。そこで「札幌でのサッカー基盤作りにもひと役買ってほしい」と小野選手に声をかけたという記事を読みました。小野選手もそんな社長の想いに共鳴したと。そういう小野選手がどんな影響を札幌に与えてくれるのだろうか? と僕が抱いた期待は、コンサドーレの結果だけではないんです。

 わずか数回、目撃しただけで、僕を魅了したあの“小野伸二”のプレイを毎週末の試合や毎日の練習場で体感できる札幌の子どもたちのことを考えたら、これほど幸せなことはないだろうと、うらやましい気分にもなります。結果こそ出てはいないけれど、プレスキックの球質をはじめ、高い技術は変わりません。今でも感動してしまいます。そういうプレイを身近にすることで、サッカーに魅了される人たちが増えていくに違いありません。
 もちろん、過去にコンサドーレ札幌でプレイした選手たちもたくさんの幸せをもたらしてくれました。そしてまた、小野伸二という贈り物が届いた。その反響が小さくても大きく育つ種を生み出してくれると考えてしまいます。

 昨シーズン、J2で戦ったガンバ大阪が、アウエイへ行くとたくさんの観客がスタジアムへ集まるというニュースを見ました。普段、日本代表選手のプレイとは縁遠い街が日本中にはたくさんあります。遠藤保仁選手や今野泰幸選手を一目見ようと足を運ぶ人たちの笑顔を想像するだけで、素敵な話だなと思いました。

 以前は「30代になったから、リストラ候補になる」と言われていたJ1リーグですが、昨季は35歳の中村俊輔選手が2度目のJリーグMVPを受賞し、30代Jリーガーへの注目が高まったと思います。同時に鈴木隆行選手が地元の水戸ホーリーホックへ戻り活躍したり、松井大輔選手がジュビロ磐田へ移籍したり、J2で頑張っているベテラン選手の背中には、味わい深いものを感じます。それは小野選手も同じです。
 年齢を重ねれば、若いころと同じようなプレイをすることが出来なくなるかもしれません。また、若手の将来性に賭けようとする首脳陣の想いも理解できます。
 けれど、さまざまな経験を積んで、最後の最後まで力や気力を振り絞り戦うベテラン選手の背中が、チームや日本サッカーの未来に残してくれる贈り物があるはずです。それをJ2リーグのクラブが受け入れる場となり、全国各地へ広がることで、日本サッカーの財産が活かされていくように思います。
 日本にプロリーグが出来て20年余り。ワールドカップにも5回出場し、出場経験者の数は100人を越えました。海外でプレイする選手も増えています。そんな選手たちの経験すべてが、日本サッカー界の財産なのですから。

<構成/寺野典子>

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●笹木ヘンドリクス/1988年1月8日札幌市生まれ。ヴォーカル&ギター。この夏開催され評判の自主イベント「HANAMOGERA EXPERIENCE!! 」の次回は9月18日渋谷のTSUTAYA O-nestで。10月12 日には大阪ミナミで開催の日本最大級のライブショーケースフェスティバル、MINAMI WHEELへの出演も決定しました。詳細なスケジュールなどは笹木ヘンドリクスOFFICIAL SITEへ。