1999年にJリーグ担当主審となった西村雄一は、42歳という年齢で2014FIFAワールドカップブラジル大会を迎えた。個人的に、レフェリーとして最も脂が乗る年齢であり、ハイライトだと思う。FIFA(国際サッカー連盟)も、そのように考えているのではないだろうか。というのも、2004年に国際審判員になった西村は、ワールドカップに出場することが多い国の試合を任されてきた。

「いつも私がやる(国際)ゲームは南米対ヨーロッパなんですね。ブラジル、オランダ、ウルグアイ、スペインはずぅっとです。アンダー17もそうですし、アンダー20世代もそう。オリンピック世代。そして、A代表。そういった所でそれらのチームをちゃんとやれるように、FIFAのプロジェクトの一つだったんですよね。」

42歳という経験と年齢から来る体力的な部分がクロスし、ブラジル大会でピークを迎えた西村に、FIFAも大会の命運を任せた。それは、ブラジル×クロアチア戦というビッグマッチであり、開幕試合を任せたことが物語っている。

FIFAはブラジル大会前に、出場国の選手たちに「【ホールディング】は厳しくとります」とレクチャーをしている。開幕戦を任された西村は、ブラジル大会を『フェアでスピーディーな得点の多い大会』にするために、基準を示す必要がある。

そして、開幕戦。迎えた69分、ペナルティエリア内でボールを受けたフレッジの肩に、ロブレンが手をかけ、これによりフレッジが倒れる。西村は迷わず【ホールディング】でPKをとった。私の目には、判定は厳しいように感じたが、その見解は間違いなのかもしれない。

「【キッキング】とか【押す(プッシング)】というのは程度を判断しなければいけない。押しているように見えるけど、どれくらい押しているのかというのを判断しなければいけない。【ホールディング】に関しては程度ではなく、その行為自体を反則とするというのがあるんです。偶然押したとか偶然蹴ったとかとは違い、誰かを掴みにいくという意図があるんで、その行為自体が反則ということなんです。その【ホールディング】という事象が(フレッジとロブレンのプレーに)あった。確かに大袈裟に倒れていますが、なんらかの接触があって倒れるというのは【シミュレーション】とはいえない。接触があったので影響するかもしれない。レフェリーを欺いているわけではない。それによって倒れてしまったとなると、僕は自分に正直に見えたものを判定しないと選手のためにならないと思う。世論からは受け入れられない結果になってしまいましたけど、それも含めてサッカーなんだと思います」

私は、ロブレンの手よりも、フレッジのオーバーなリアクションに目がいった。大げさなリアクションを忌み嫌う欧州の世論も同様だ。だが、西村のロジックを聞くと、印象は変わる。

「たぶん、あの時、ディフェンダーの方は、フォワードの方がシュート体制に入ると思っていないのではないでしょうか。キープすると思っている。キープだったら倒れないと思って、ちょっと手を出している。けど、フォワードの選手の選択肢は、身体を後ろに倒しながら、後ろのほうに向かってワンステップでシュートを打とうとした。結果、倒れてしまった。片足で立っているところに手をかけたら倒れるかもしれない。なのに、そこで何故か手をかけにいったというのは、ディフェンスがフォワードのプレーを読み間違えたように思います」

西村は決してフレッジに惑わされた訳ではない。このシーンは、スーパースローを見ても、答えが出ない非常に難しい判定だった。ブラジルのスコラーリ監督は「肩に手が掛かっていた。PKだ」と主張し、クロアチアのコバチ監督は「大げさだ。サッカーではなく、バスケットボールのようなファウルだ」と反論する。

しかし、主審はどちらかに決めなければいけない。西村はPKとした。私は迷いながらも、PK3:7ノーファウルとして流すべきとした。世論は、より辛辣に誤審と騒ぎ立てた。そして、メディアを非常に気にする傾向にあるFIFAは、PK判定を支持しながらも、開幕戦以外に西村を割り当てることはなかった。それは、ペナルティエリア内でのホールディングに見えるプレーのジャッジで、再び物議を醸すことを避けたかったのかもしれない。

私はPK判定を100%支持できなかったものの、西村はブラジル大会をオーガナイズしたと思う(詳細はサッカー批評(69) (双葉社スーパームック))。ブラジル大会は、南アフリカ大会のような揺れるボールは使われなかったため、フリーキックからの直接ゴールは減った。にもかかわらず、全体の得点は増えている。つまり、流れの中の得点が増えており、それはホールディングが減少傾向にあったこととも起因している。

「大会が終わるまで、コーナーキックとかで柔道みたいになっているシーンは少なかった。あとは、『ここから抜け出せば、良いセンタリング上がるんじゃないの』を掴んで引きずり倒してというシーンは少なくなった。そういった意味で、開幕戦のインパクトというのは、大会のスピーディーな方向に行くためのちょっとしたところを担った可能性もあるかなと」

そう遠慮がちに話す西村だが、4年後のワールドカップのピッチに立つことはない。国際審判員の定年は45歳だからだ。

「(年齢制限を)変えたいっていう意見もあったんですけど、ワールドカップ見て頂いて、これだけスピードが、ね。奪った瞬間が次へのゴールのチャンスになるので、今回も相当早い攻守の切り替えを楽しんで頂けたかなと思うんですけど、それについていくためには、45歳とかになってしまうとキツイですよね。我々は選手のためにやっていますから、視力の問題で目がついていかないとか、体力的な問題であったり。そういう意味で、選手の頑張りに応えられないようであれば、(割り当てを)受けるべきではないと思うんで、そういった中でいけば、年齢制限というのは必要だと僕は思っています」

西村が審判になったきっかけは、子供たちが誰もが間違えないであろうルールの適用ミスを受けたからだ。自分が審判をやれば、ありえないミスは減らせるのではないか。そういった思いで笛を吹いている。
審判員は、決してサポーターの敵ではないのだ。
(了:文中敬称略 コメントは8月1日のトークショーより引用)


◇著者プロフィール:石井紘人 Hayato Ishii
著書『足指をまげるだけで腰痛は治る!』(ぴあ)が絶賛発売中。自サイトFootball Referee Journalにて『審判批評』『インタビュー』『Jリーグ紀行』『夏嶋隆コラム』を更新。審判員は丸山義行氏から若手まで取材。ツイッター:@FBRJ_JP。