第7回 ブラジルの裏側で。東京・下北沢のセブンカラーズカフェ


キックオフ直前、店内は静まり返った。

 晴れ晴れとした休日の朝。8時に開店した店に、続々とブルーのユニフォームを来た人たちが集まってきた。キックオフまであと2時間。地球の反対側での決戦を見ようとやってきたのだ。お店の常連さんはもちろん、サッカー好きのおじさんや、お兄さんやお姉さん、みんなが思い思いにサッカー談義を交わしている。

「1トップは大迫か柿谷か? それとも大久保か」「長谷部は間に合うのか?」「4年前はこうだった」「ドイツのときはああだった」

 話が尽きることはない。普段なら満員電車に揺られているだろう時間なのに、冷たいビールや特製W杯カクテルを飲み、話がどんどん盛り上がっている・

 キックオフ1時間前。僕はそんな店内のステージに立ち、歌わせてもらった。
 日本代表のW杯初戦を前にして、気持ちがどんどん高まってくる。その興奮を共有したいと歌った。普段のライブとは違う空気が気持ちよかった。
「星のかけら」と「VOLARE / gipsy kings」の2曲を歌ったあと、今度はトークショーにも参加させてもらった。

笹木615引き写真 ベガルタ仙台のコーチ就任が決まったばかりの小林慶行さんと、サッカー・ジャーナリストの柴原貴彦さんと3人で、いよいよ始まる試合について話した。
 話せば話すほど、キックオフが待ち遠しい。日本はいったいどんなサッカーを世界舞台で表現してくれるのか? 「やってくれる」という確信が胸の中で広がった。


 世界各国代表が、国の威信をかけて戦うW杯。その大会の初戦がいかに重要かは誰もが感じていることだろう。32カ国出場となった1998年大会以降、初戦を落として決勝トーナメントに進出した国は4カ国しかないと聞いた。どの国にとっても、グループリーグ初戦は全精力をかけて、挑むに違いない。「まずは初戦」と心身ともにコンディションを調整し、ぶつかり合う。闘争心が爆発するのが、ファーストマッチだ。

 絶対に勝ち点を譲るわけにはいかない。
 それは、13日の開幕以降、繰り広げられた試合を見ていればわかる。勝利にこだわる情熱と執念と激しさ。ブラジルの裏側にいる僕らにまで伝わってくる。
 その舞台に僕らの日本代表が立とうとしている。
 時計の針が動くたびに、期待と緊張とでドキドキ感が止まらない。
 
 店内のメインスクリーンと2台の大型テレビに、青いシャツを身にまとい、ピッチへ登場する選手たちの姿が映し出された。
 みんないい顔をしている。彼らが背負うプレッシャーは、とんでもなく大きなものに違いない。でも、そのプレッシャーを力にできる選手たちがそこにいた。 
 下北沢のセブンカラーズが静けさに包まれている。
 さっきまで店内に溢れていた興奮が、緊張感に変わったようだ。
 そこにいるすべての人が「期待」と「想い」をブラジルに届けようと、モニターをじっと見つめていた。みんなが息をのみ、キックオフの瞬間を待った。

 
さすが本田。キーマンの背中に高まる期待

「どうしたんだ。いつもと違うぞ」
 キックオフ直後から、日本はおかしかった。
 ボールを回し続けるコートジボワールに対して、日本は何もできていない。これは回させすぎてるんじゃないのか? 守備に奔走する青いシャツの選手たちの姿に不安が募る。

 前線の高い位置から守備を始めることで、日本サッカーのスイッチがONになる。というのに、ボールを持ったコートジボワールの選手たちへチェックに行く回数が少ないし、遅い。らしくない。緊張しているのか? それとも……。

 ときどき本田が単発で、相手キーパーのところへ詰めていき「こうやってボールを獲るんだ」というようなプレイを見せたが、大迫や香川、岡崎がそれに続くことができない。ワイドに広がり、低い位置にポジションをとり日本のプレスをかわすコートジボワール。しかもトップ下のはあのヤヤ・トゥーレがいる。その存在が、長谷部や山口の前へ行くことを躊躇わせているのだろうか?

 しかし、前戦からのプレスは連動しなければ、意味をなさない。FWが行けば、MFがそれに続き、DFがラインを上げる。そうして高い位置でコンパクトな陣形を保ち、ボールを奪っていくのが日本のやり方だ。しかし、日本は間延びしてしまい、DFラインがじんわりと下がっている。日本が持ちたかった主導権は、最初から大部分をのっそりとコートジボワールに盗られていた。

 長谷部と山口が奮闘し、ボール奪取に成功しても、その場所から敵陣は遠く、攻撃を展開しても迫力がない。 “ボールの奪いどころ" というキーワードは、確か2010年南アフリカ大会の時に岡田監督や選手がよく話していたなと、思いだしながら、ちょっともどかしい気持ちで戦況を見つめた。

 16分。怪しいムードが漂う中、スローインから小気味好くパスを繋いで、本田がビシッと左足を振り抜き、目の覚めるシュートで先制点を決める。
 ヒヤヒヤ、ヤキモキしていた気持ちが爆発。
 不安をかき消すゴール。みんなの歓喜が店内を揺らした。
 素晴らしい、さすが本田。
 南アフリカ大会初戦を思い出す。今大会も日本は上へ行けるんじゃないのか?
 ピッチを見つめる誰もが、そんな淡い期待を抱いた。
 唯一無二、代えのきかない日本のキーマンの背中に。

 思えばこの試合、前半のこの1得点の、本当にこの一瞬にのみ、”サプライズ・ジャパン”の輝きを見た。

 先制点を奪ったというのに日本のサッカーはぎこちなく、相変わらず”らしく”ない。ズルズルと自陣へと押し込まれ、ヤヤ・トゥーレやジェルビーニョ対策に追われているようだ。高い身体能力を持つ相手を前に挑むサムライ。ボールをカットしたり、フェイントで相手をかわしたり、良いプレイがあると、拍手や歓声が沸いた。
 しかしやっと奪ったボールを前線に運んでも、その先が続かない。

「もう少しゆっくり、落ち着かせてもいいんじゃないか?」 
 いつもより攻め急いでいる印象だけが残るプレイに、日本が追い込まれていることを確信。
 前線にボールを運んでも、ロストしてしまえば、一転ピンチになる。
 徐々にコートジボワールの自陣への侵入を許し、危険なシュートも浴びる。
 やはり相当手強い相手だ。強烈なシュートが放たれるたび、悲鳴や「あ”あ”ぁぁぁぁぁ!!」といった野太い雄叫びが店内に響いた。


 1−0のリードのまま、迎えたハーフタイム。先制点を手にしたとはいえ、このチームは守備よりも攻撃のチーム。安心できるスコアとはいかない。それでも、本田のゴールを守り逃げ切った4年前の初戦をのことを考えれば、逃げ切れそうな予感もある。様々な感想がざわざわと店内に広がっている。高い集中力で45分を見守った人々は、ホッと息をつき、飲み物を口にしていた。

「このあとどんな風に交代枠を使いそうですかね?」
 そう訊ねた僕に、小林さんは答えた。
「やっぱりまずは遠藤じゃないかな? 試合を落ち着かせたいだろうし、ボール持ったとき、もう少しゆっくり回して繋ぎ、自分たちのサッカーを組み立てたいはずだからね。もしもビハインドの状況になったら大久保や青山の投入も面白いと思う」
 そうして、小林さんの言った通り54分、遠藤が投入されることになる。


ドログバと本田

「動けていないな」
 後半開始直後から、日本の運動量とパフォーマンスの低下が気になった。
 それは、ゴールを決めた本田も同じ。明らかに前半とは違ってみえた。大事なところでのパスミスと、嫌なタイミングでボールを奪われる姿が目につく。誰よりも優勝を強く願い、公言してきた男、日本の代えの効かないキーマンが、あんなミスを何度もしてはいけない。

 本田だけでなく、チーム全体としてもミスが目立った。
 コートジボワールがボールを繋ぐことで、日本は走らされた。前線とDFラインが間延びしたことも大きい。しかも、守備に奔走する時間が長かったからこそ、感じる疲労感は大きくなるに違いない。
 とにかく、どの選手も表情も苦しそうだった。
 自分たちのサッカーをやらせてもらえない現状を打開する策はないのか? 遠藤を投入しても試合の流れは変わっていないように思えた。

 そして62分。コートジボワールがドログバを投入。高い身体能力と得点感覚だけでなく、そのカリスマ性がチームに勇気をもたらした。逆転勝利への強い執着心がコートジボワールの選手たちから伝わってくる。それだけでなく、前戦でドログバがキッチリとボールを収めるため、組織力もグッとパワーアップされた。コートジボワールは前半とはまったく違う骨太で脅威的なチームへと変貌した。

 ドログバのポストプレーを起点に、各選手が動き、躍動し、日本のゴールを目指し突進してくる。
 本田がキープしたボールをヤヤ・トゥーレに奪われてしまう。とりかえそうとチャレンジしたが、ヤヤ・トゥーレは軽くターンし、本田をかわす。瞬間、本田がボール奪取を諦めたように見えた。そのスキを突くようにヤヤ・トゥーレが右サイドへとパスを出す。それをうけたセルジュ・オーリエが矢のようなクロスを蹴り込んだ。それに反応したボニーの同点弾が決まる。

「やられてしまった」という落胆とともに、僕らは世界の脅威とW杯の厳しさを痛感した。
 それもつかの間、わずか2分後。こぼれ球のカットから中、外、ニアと崩しのお手本のようにボールを繋がれ、またもやオーリエのクロスをゆるし、ジェルビーニョが逆転弾を決める。ペナルティエリアで守っていた吉田は、自身の背後に立つドログバへ注意を払い、ジェルヴィーニョにスペースを与えていた。
「あぁ〜〜」
 張りつめていたみんなのため息が、一気に漏れた。

 ドログバ投入で試合はガラリと変わった。チームメイトだけでなく、相手である日本に対しての強い影響力をもたらした。
 日本代表において本田は、コートジボワールにおけるドログバと同じ存在だったはずだ。圧倒的なキープ力と強いメンタリティでチームメイトを先導する。しかし、ふたりの選手の差は小さくはなく、それが試合の結果に繋がったのではないか? とすら思えた。ドリブルで侵入するドログバへ、本田が果敢にチェックしにいく。勢いよく身体をぶつけてもドログバはびくともしない。そればかりか、左手1本で軽々と本田を跳ね飛ばした。これこそが、この試合を象徴するシーンだなと思った。

 もう残り時間は15分あまり。後半は時計がとても速く進んだような気がした。
 せめて同点に追いつければ……。
 このときベンチから、届かない大声で悔しそうにチームを鼓舞するキャプテン長谷部が強く印象的だった。

「まだ長谷部がグランドにいれば……」
 純粋に僕はそう思った。
 遠藤に代わり、ベンチへ戻ったキャプテンの前を向く声が届けば、まだ逆転する可能性があるかもしれない。そんな風に思わせる不思議なメンタルを持つ長谷部。やはりこの日本代表のキャプテンは長谷部でなきゃならないのだ、と改めて感じた。

 大迫に代わり大久保がピッチへ送られた。精度の高いロングパスを武器に持つ青山の起用に期待したが、最後の1枚は柿谷だった。背番号10を背負った香川は何ひとつ良いところなく、初めてのW杯初戦を終えた。
 新しい選手たちの投入も試合に目立った変化は生まれない。吉田が前線へ走り、やりたくなかったはずのパワープレイを選択せざるを得なくなったところで、試合終了の笛が鳴った。4分もあったロスタイムもコートジボワールの時間稼ぎで費やされただけだった。最初から最後まで、試合の主導権を握ったのはコートジボワール。日本は何もやらせてもらえなかった。

 敗戦を告げるホイッスルがなると、セブンカラーズ店内では選手の健闘をたたえる拍手が沸きあがった。しかし、その表情には納得がいかないという感情が表れていた。すっきりできない、不完全燃焼の試合だった。

 僕らが観たかったのは、この日の日本代表の姿じゃない。
 そしてなにより日本代表が見せたかったのも、この日の戦い方ではなかったはず。
 続くギリシャ戦では、本来のあるべき姿の日本の戦いを表現してほしい。そして、世界を驚かせ、僕たちが未だ見たことのない、上のステージへ連れて行って欲しいと願う。全ての選手へのリスペクトを込めて。

 僕は次の先発フォワードは柿谷かなと想像する。そしてボランチは遠藤と長谷部。
 本来のあるべき姿、リズム、戦い方を取り戻す意味でも、一度前向きにリセットしたチームで、水を得た魚のようにブラジルで旋風を巻き起こして欲しい。



<構成/寺野典子>

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●笹木ヘンドリクス/1988年1月8日札幌市生まれ。ヴォーカル&ギター。" ヘンドリクス " メンバーたちと共に、ライブシーンで話題を集めている。ロックの王道を背骨にしながらもあらゆる“グッドテイスト”を欲張りに取り込こもうとする雑食系ギターサウンド。言葉が突き刺さる歌とメロディラインがインパクトを残してくれる。6月11日、シングル「星のかけら」でメジャーデビュ―。ライブ情報などは、笹木ヘンドリクスOFFICIAL SITEへ。