フランス、ブラジルという世界のトップレベルとの親善試合を控えた日本代表は、10月8日からパリ郊外で合宿をスタートさせた。
 その2日目の練習前に前田遼一が前日の練習で左もも裏に痛みがあるという理由で帰国することと、代わりに佐藤寿人の招集が発表される。10月7日の試合でふくらはぎを打撲した本田は、グラウンドに姿を見せたが、しばらくしてホテルに戻り、前日同様にホテルで別メニュー調整となった。
 
 初日の練習後「思いっきりサッカーをやったなって感じはあるかなぁ」と笑顔で、取材に応じた長谷部誠。
 所属するヴォルフスブルクでは、今季は試合出場機会がない。彼の処遇については、ドイツメディアでもいろいろ報道されている。
 その主なものは、昨シーズン終了後に長谷部が移籍したいという希望を出した。チームを刷新しようとするマガト監督の放出リストに名前が挙がったというもの。イングランドなどからの獲得オファーがあったというニュースも流れているが、実現には至っていない。

 長谷部本人は「細かいことは言えない」と、移籍について多くは語らないが、9月中旬には地元紙に対して、「イングランドへ行きたかったけれど、それも終わったこと」とコメントしている。

 一時は、セカンドチーム(2軍にあたるアマチュアチーム)で練習する時期もあった。ヴォルフスブルクにかかわらず、移籍志願選手をトップチームで練習させないことは、欧州では珍しい話ではない。また、マガト監督はシャルケ時代も、突然レギュラー選手をセカンドチームへと降格させたこともある。それでも長谷部は8月末のシーズン開幕前にはトップチームでの練習を許可されているし、ベンチ入りはならないまでも帯同メンバー入りを果たした試合もあるので、完全な戦力外、構想外というわけでもなさそうだ。

 だが、試合に出場していない事実は変わらない。トップチームが試合前日から遠征に出た週末などは、3日間続けて、素走りなど、ボールを使わないフィジカルメニューだけを若い選手と共にこなしたこともあるという。
 ドイツでは、Jリーグのように、試合に出ていない選手のために練習試合をする機会はほとんどない。トップの試合に出られない選手は、セカンドチームの一員として、ドイツリーグ4部で戦っているからだ。

 そんな毎日をどんな思いで過ごしているのだろうか?
「試合に出ていないとはいえ、練習は非常にキツイ。でもそのひとつひとつを大事にやりたいと思っている。キツイ中でも小さなミスをなくすように心がけるとか。そういう気持ちで練習をしないとやっている意味がない」
 もちろん試合に出られないと決まったわけではない。週末の試合に照準を合わせながらも、もっと長い目で日々をとらえているようだ。

 長谷部にとって、10月12日のフランス戦は、9月のイラク戦以来の実戦となる。試合勘について記者から質問されても、一切の躊躇も見せずに答えた。
「ゲーム勘も何も、9月の代表戦以来、試合をやっていないので、こんなに試合をやっていないのも初めてのこと。自分の中で、未知の部分はある。ただそれをいろいろここでしゃべるというよりも、ピッチに立ち、そこで結果が出せなかったら、それが自分の評価。試合勘どうのっていうのは、何の言い訳にもならない。代表は競争の場だから、結果を残さなければならない」
 9月の代表戦でも、「自分としては、あまりいいプレーができなかった」と試合から遠ざかっているが故の不調について、自ら認めている。そんな姿に彼の覚悟を感じた。試練から逃げ出さず、現実を受け入れて、戦っていく気概があった。

 先日スポーツニッポンの取材に応じて、「移籍の話をしているとき、残留した場合の最悪の事態は想定していた。それが現実になった。アマチュア(セカンドチーム)へ行く覚悟をもって移籍の話をしたから、後悔はない」(要約)と話している。
 クラブで試合から遠ざかるという現実が、代表でのポジション争いに影響を及ぼすかもしれないことも当然想定していたはずだ。

 フランス合宿2日目、「代表でポジションを奪われてしまうこと」について、長谷部に聞いた。彼の答えは、ある程度予想はついていたが、どうしても、聞いておきたかった。
「やることは変わらない、自分のやれることをやるだけ。ポジションは、代表は競争だし、ポジションが保障されているとは思わないし、ポジションを守るためにやっているというのも違う。ポジションを渡す渡さないを、決めるのは監督だから、自分がどういうパフォーマンスが出せるかということ。自分がやることをしっかりやるだけ、それ以上でもそれ以下でもない」
 抱えているはずの様々な葛藤を見せることなく、そう言い切った長谷部の答えは、想像通りだった。だから、安心できた。彼の中に迷いがないことが確認できたから。

 フランス戦に向けた代表でのトレーニング中も、先頭を走り、以前とまったく変わりのない姿を見せた長谷部。しかし、競争の現場に立っていることの喜びが彼から感じられる。
「そうですね。そういう部分はあるのかな」と長谷部は少し言葉を選びながら話した。
 
 先週、取材したブルガリア1部リーグスラビア・ソフィアに所属する松井大輔の言葉を思い出す。昨季所属したディジョンでは、負傷が癒えたあとも監督との確執がささやかれ、約半年間、試合に起用されることがなかった。
「試合に出られない毎日は、不思議な時間だった。まったく記録というものが残らないから。なんだろう、俺はと思うこともあった。でも、そこで立ち止まってもいられないから、自分に足りないところを埋めようと練習していた。ある意味ずっと自主トレをやっているような感じだったかな」
 いろいろなことを思い悩んだ時間は、意外と短く感じられると振り返った松井。もがいた日々が濃密だったからこそ、そう思えるのかもしれない。
「悩むからこそ、人は成長できる」と語る松井の言葉は重く響いた。

 試合に出られないことに不満を漏らしたところで、1月の移籍マーケットが開くまで、移籍はできない。ならば、現状を受け入れ、やれることをやるのが長谷部の任務でもある。試合に出られない毎日であっても、それをいい機会に変えることはできるはず。すべては自分次第なのだ。
 納得できないこともあるだろうが、先を見据え、前進するため、現実を悲観せず、戦う姿勢を崩してはいない長谷部。
 ヴォルフスブルクとの契約は2014年6月まで残っている。2年を残している状況での移籍は、移籍金も高額になり、それほど簡単なものではない。しかし、彼は挑戦することを選び、移籍の話をしたのだ。さらなる刺激と成長のきっかけを求めて。その決意の強さが今の彼を支えているのだろう。