ここ数年、海外へ移籍する選手の数が増えている。しかしそのほとんどが、移籍金ゼロでの移籍だ。
 移籍金というのは選手の力量、商品としての価値を表す金額でもある。
 移籍金ゼロでは、欧州マーケットで正当な評価を得て、移籍しているとは言い難いのではないだろうか?
「戦力になるかどうかわからないが、移籍金もかからないし、とりあえず獲得してみよう」
 そういう軽い気持ちで選手を獲得していても責められない。言葉は悪いが移籍金ゼロの日本人は、「ご自由にお持ち帰りください」みたいな状態なのだから。

 Jリーグでは長く、選手の年齢に応じて移籍金を算出する日本独自のローカルルールを使ってきた。契約の残り期間で契約不履行の違約金を移籍金とする世界スタンダードとは違うルールのため、日本人選手の海外移籍の障害になってもいた。しかし、日本人選手の海外志向の高まりに従い、契約時に「海外へ移籍する場合はJ独自の移籍金計算ではなく、世界基準の違約金ルールで移籍できる」という取り決めを行う選手も増えた。そして、徐々に海外への移籍時にはJのローカルルールは適応しないという流れになっていく。

 2008年1月にドイツへ移籍した長谷部誠には、その前の年の夏にイタリアからもオファーがあった。契約が半年残っていたため、違約金も支払うという話でのオファーだ。しかし、ACLを戦っていた浦和レッズは、「あと半年在籍してほしい」と懇願。長谷部もそれを飲んだ。そして、契約満了となる1月に長谷部は移籍金無しのフリーの立場として、欧州のマーケットに立ち、ヴォルフスブルグへの移籍が実現した。手に入るはずの違約金よりも、ACL優勝に賭けたクラブの判断は、結果的に実を結んだ。
 同時期、本田圭祐を獲得したオランダのVVVもグランパスとの契約が満了していたため、違約金は派生せず、育成費の支払いのみで獲得している。そして数年後、本田はCASKモスクワへ10億円を越える移籍金で移籍した。

 2010年シーズンから、Jリーグでも「移籍マーケットの活発化」を求める選手会の声もあり、年齢係数による移籍金を撤廃し、ワールドスタンダードな契約不履行による違約金で選手を獲得できるルールへと変更され、契約満了時であれば、違約金無しで国内移籍も可能になった。
 若い選手に対しては、違約金だけでなく、“育成費”が発生する。Jリーグの場合は1年あたり800万円で最大6年間分と言われている。FIFAでも金額は違うものの同様の育成費制度がある。

 この移籍金のルール改正以降、日本選手の海外移籍が加速度を増すが、移籍金を支払って、日本人を獲得した海外のクラブは少ない。もちろん契約満了を待って、移籍を行っているので、ルール上での問題はない。
々畧鄂浸福^楡匐發魯璽蹇0蘋費を数千万支払う。その育成費以上の価値がある選手だったことは、その後の彼の活躍が証明している。
内田篤人 数億円の違約金を鹿島へ支払い獲得。
D考佑都 当初は移籍金を支払う余裕がなかったチェゼーナへレンタル移籍。半年後に多くのクラブからオファーの打診が届いたこともあり、チェゼーナは1億円あまりの移籍金をFC東京へ支払い完全移籍を成立させ、数カ月後にはインテルへ、数億円で売ることに成功。インテルの若手も同時に獲得している。
げ崎慎司 1月31日まで契約が残っているのだから、マーケットが閉まる1月31日までに獲得したシュトゥットガルトは違約金を支払わなければならないなどと、エスパルスが提訴したが、FIFAがそれを却下する方針であることが、昨年スポーツ紙などで報じられている。

 欧州のクラブでは、選手を違約金無しで手放す例は少なく、契約が切れる前に選手を移籍させるか、延長契約を結ぶのが慣例だ。3年契約と言えば、実質最長2年半の契約というイメージだ。選手を育てて、のちに売ることで、クラブの経営基盤を支えている中小クラブは多い。移籍金ゼロでの選手放出はその機会を失っているということだ。

 国内移籍でもクラブが移籍金を得る機会を見逃したケースがある。
 2009年名古屋は大分に所属する金崎夢生にオファーを出した。年齢係数での移籍時代だったため、名古屋は移籍金を用意していた。しかし、契約が残っていたこともあり、大分だけでなく金崎自身も移籍を決断することはなかった。そして2009年大分はJ2への降格が決まり、2010年金崎は名古屋へ移籍する。ルール改正後であったこと、契約を満了していたこともあり、移籍金ゼロだった。2009年に金崎を移籍させていれば、数億円の移籍金を得ることができた。大分は深刻な経営問題を抱えていたというのに、選手を“売る”決断ができなかった。

 Jリーグなどでは、移籍金ゼロでの移籍を食い止めるために知恵を絞っているという。もっともシンプルな方法は、きっちりと違約金が獲れるよう契約することだ。契約満了を迎える選手は半年前から移籍交渉が可能なのだから、早めの対処が求められる。
 しかし、選手と長期契約を結ぶリスクは高い。それによってクラブの経営を圧迫する事態を招きかねない。また、選手の機嫌を損ねてしまい、失うべきではない時期に彼らを失いたくはないという思いから、交渉の席では選手主導になってしまう可能性も高い。
「契約延長はしない」「単年契約でしか契約は結ばない」
 契約満了後の移籍金ゼロでの移籍を考える選手はそう主張するだろう。
「複数年で無ければ、契約はしません」「契約延長に応じないのなら、試合には使いませんよ」
 そんな強気の態度をレギュラークラスの選手に示せるクラブも少ないだろう。
 欧州では、クラブの意向に沿わない選手が、ときおり試合から干されてしまうこともあるが、Jリーグでは「契約をしてもらえるのならば、あなたの条件をのみます」とクラブが折れる場合も多いように思う。

 2010年夏に欧州へ渡った阿部勇樹や矢野貴章は、契約が残っていたが、「海外移籍の場合は移籍金などで協力してほしい」というような約束があり、移籍金ゼロで移籍したと言われている。 阿部をジェフ千葉から高額の移籍金で獲得したことを考えると、レッズの経営陣の判断を責める声が出てきてもおかしくはない。
 複数年契約を結ぶ際に、移籍金の金額を事前に取り決めている場合もある。それでもその額は海外移籍の場合、国内移籍よりも安い価格が設定されていることも。これは「海外移籍は選手の夢だから、それを後押ししたい」というクラブサイドの温情の表れだ。

 この1月の移籍マーケットでは、ケルンにいた槙野智章が浦和レッズへレンタル移籍することが決まった。ケルンは前所属のサンフレッチェ広島へ育成費も支払っていないという話もある。ケルンは年俸以外に元手をかけずに槙野を獲得した。レンタル移籍の場合、移籍先のクラブはレンタル料を支払うケースが多い。無料で手に入れたにもかかわらず、レンタル料収入が手にできるのだから、ケルンにとってはありがたい話だ。しかもそのフロントの主要人物が元浦和の監督フィンケなのだから。なんだか不思議な縁だなぁと思う。
 わずか1年で古巣ではなく、Jの他クラブへ復帰する槙野に対して、怒りをあらわにする広島サポーターの声がネットにもあふれていた。しかし、広島が槙野へオファーを出したという話は聞かない。年俸だけでなく、レンタル料の支払いなど多額の出費について考えたのだろうか?
 またレッズには、イングランドのレスターで活躍する阿部勇樹を再び獲得するとの噂が出ている。レスターとの契約はまだ残っているため、違約金を払っての獲得になる可能性も高い。もちろん日本へ戻る場合は違約金を減額、無しにする条件で契約している場合もあるが。

 移籍金ゼロでの選手放出は、クラブ経営という観念から考えた場合、あまり誉められた話ではない。
「まあ、移籍金ゼロで獲得した選手だからいいか」という考え方もあるだろうし、移籍金がゼロだからこそ、移籍が活発になり、選手はチャンスに恵まれるのも確かだ。
 それでも、海外移籍に限った場合、移籍金ゼロは選手に恩恵ばかりを生みだしているとは限らないのではないだろうか?
 トップチームのベンチに座り出場機会がわずかだった槙野は、リザーブチームの試合に出場する機会もなかった。試合スケジュールの問題もあっただろうが、もしも移籍金を支払って獲得していた選手であれば、ベンチに座らせているよりも、試合経験をつみ、他チームのスカウトの目に止まる可能性もあるリザーブチームでの活動を優先していたかもしれない。
 支払った元手以上の額で売ることを欧州のクラブは考えている。そのため、無料で獲得した選手よりも、移籍金を支払った選手へより多くのチャンスを与えたいと考えるフロントもいるはずだ。

 移籍金ゼロは、海外挑戦のドアを大きく開いてはくれる。
 しかし、移籍後、「あいつは無料なんだろう」という見下した目で見るチームメイトもいるだろう。「使い捨てでもいいんじゃないか」と考える人たちもいるだろう。移籍金ゼロは自らの評価を下げる結果になりかねないのだ。
 そういう状況で「自分は最安値ではない、力を持っている」とチーム内外に証明し、契約の延長、もしくは二つ目のクラブへ移籍して、初めて欧州マーケットの評価を得ることになる。ドアの向こうには立ちはだかる壁は、移籍金ゼロだからこそより険しくなる場合もあるように感じる。