「限界ってなんなんでしょうか?」
 彼はまっすぐな目で、30歳という年齢について尋ねた私の質問に、質問で応えた。今回は彼の問いの答えについて、考えてみたい。

 イタリア語を流暢に話す中居時夫を紹介されたのは冬のミラノでのこと。ドイツでプレーしていると聞いていたので、9月19日にドイツの彼を訪ねた。中学生のときは横浜マリノスのジュニアユースに所属し、高校3年生のときにイタリアへ渡った中居は、2002年から数年間、日本の地域リーグでプレーし、現在はドイツ4部リーグのコブレンツに所属している。そんな彼の話をゆっくりと聞いてみたいと思ったからだ。

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■中居時夫の挑戦
「中学1年生のとき、途中出場した高円宮杯の決勝戦でゴールを決めたんです。そこからすべてのことがトントン拍子に進んだ。すべてをサッカーに捧げるような毎日を送っていましたねぇ」
 中居がゆっくりと当時を振り返り、目を細める。
 中学3年生になるとトップのサテライトチームにも帯同するようになる。プロ選手たちの中で、中居は「練習すれば、こんなプレーができるようになるのか」と自分の可能性の大きさを感じていた。

 1996年秋にはU-16代表としてアジアユースにも出場。ユースに昇格した1998年の高校2年の夏、当時セリエBトリノのプリマベイラの練習に参加し「プリマベイラでプレーしないか」と誘われた。しかし、いったん帰国したことで、オファーは立ち消えとなる。
「イタリアでプレーしたい」という思いからマリノスからのトップ昇格の話を断ったが、帰国後に負傷してしまったこともあり、彼が再度イタリアへ行ったのは1999年の春、高校3年生になるときだった。
 セリエEのクラブでスタートし、3シーズンをプレーした。そして、2002年セリエCのクラブとプロ契約を結ぶが、その直後にセリエCの外国人枠撤廃が決まり、契約も白紙に。
 失意の中、立ち直るきっかけがつかめず帰国。しかし、「自分のプレーがまったくできなかった」という状態では、Jリーグのテストにも受からず、地域リーグでプレーすることになる。バイトとサッカーという生活の中で、プロを目指す気持ちは消えていた。そんなとき、出会った男性の存在が中居を変える。
「自分を厳しく追求する彼の姿を見て、子どものころのサッカーへの情熱を思いだした。もう一度イタリアで挑戦しようと決意しました」

■「毎日が発見」
 2009年、28歳で再びイタリアへ渡った中居の挑戦は今も続いている。
「最初のシーズンは6部でした。イタリアでは外国人枠の障害が大きいので、2年目はドイツの5部のクラブへ。そして今シーズンは4部。ステップアップしていることを実感しています」
 ドイツ4部リーグはアマチュアリーグで、54チームが3地域に分かれてり―グ戦を戦っている。地域のクラブ以外にもプロリーグのセカンドチームも参加し、大津や宇佐美もプレーしている。この夏コブレンツには風間宏希も加入した。
「宏希が来て、外国人が5人になった。試合登録できる外国人は3人。競争が激しくなった。今はベンチスタートなので、ここが今シーズンの最初の壁ですね」
 穏やかにそう話す中居の表情からは、高い充実感が伝わってくる。挑戦すべき壁があることを喜んでいるように見える。
「10年遅ければ……、今のように日本人の海外移籍が増えていれば、トリノへ移籍できたかもしれない。そうすればもっと違った結果になっていたかもしれないね」
 ふと私が口にした言葉に「時代なんて関係ないですよ」ときっぱりと否定する中居。私は失礼なことを言ってしまったと後悔した。
「毎日が発見の連続で、練習であっても本当に楽しいんです。宏希とは10歳も年齢が違うけれど、自分が30歳になったという実感はない。今の自分には限界がないような気がするんです。プロを目指して、まだまだ行きますよ」
 ドンキホーテのように叶わぬ夢を追う男。
 中居をそんなふうに見る人もいるだろう。もちろん彼自身とて、自分の挑戦が“無謀”であることもわかっているはずだ。それでも可能性の扉に鍵をかけることは出来ない。チャレンジすべき目標があるのなら、ぶつかっていくだけだ。イキイキと輝く彼の瞳から彼の思いが伝わってくる。30歳の選手とは思えないピュアな情熱がほとばしる。

■壁こそ成長の糧
 30代に突入した選手と、「引退」について話した回数は数えきれない。日本では30代半ばで現役を引退する選手が多いから、誰もが「残された時間」の少なさを感じ始める。Jクラブによっては「30代だから」と年齢を理由に解雇されることもある。解雇まで行かなくとも、将来性を武器にした若手に出場機会を奪われる現実から、衰えを実感させられることもあるはずだ。そして、「まだやれるだろう」という周囲の声に背を向けるように「情熱が無くなった」と引退した選手もいる。それでも三浦知良をはじめ、現在もJ2やJFLなどで30代半ばを過ぎても、現役としてプレーしている選手は多い。
 自身の限界を自覚したとき、サッカーへの情熱が失せてしまうのだろうか? もしくは、情熱が無くなったとき、限界を感じるのだろうか?

「サッカー選手としてのライフプランを描こうと思ったんだけど、結局は描けない。サッカーをいつ辞めるかをだいたい想定して逆算していかなくちゃいけないかなって、最近考えていたんだ。でも、桜井さん(ミスターチルドレン。桜井和寿)に、“そんな風に考えると、そこへ導かれるから良くない”って言われて。確かにそんな逆算をしたら、伸びきらない。だから、今思うのは、常に全力で一生懸命やって、それで気づいたら、もうこれ以上やれないってときにやめれば、それが一番かっこいいかなって考えている。それが30歳なのかもしれないし、40歳なのかもしれないしね」
 8月に取材した27歳の長谷部誠の言葉は、年齢に関係なく、“今”を戦う選手たちの思いを代弁しているような気がする。

 誰もが自身の限界はわからない。そもそも“何に対しての”限界を想定するのかもわからない。
 J1でのプレーに限界を感じたとしても、それをサッカー選手としての限界と捉えるかは人それぞれだろう。
 目の前に立ちはだかる壁を乗り越える意欲や情熱があれば、限界とは言えないのかもしれない。
 多くの選手と接していて、最近痛感することがある。
壁にぶつかることで自分が成長した経験がある彼らは、本当に壁が大好物だ。苦しそうな顔を浮かべながらも、どこかでそれを楽しんでいる。そんな思いがある選手は伸びる。それはサッカー選手に限らない。壁を前向きにとらえられる人は成長し、進化できるのだ。

 10月1日、中居は今季初先発を果たしたが、前半だけで交代している。その翌日のブログでは、交代後はスタンドで試合を観戦し、勝利のないチームの問題点にも気づいたことや交代理由を監督とも話し合ったことが書かれている。
「悔しいです。でも次は数倍がんばります」
 ツイッターでのメッセージにも現状の壁にトライしようとする彼の前向きな思いが詰まっていた。
「限界ってなんなんでしょうか?」
 中居からの質問に対する明確な答えは、私にもまだ分からない。でもわからないからこそ、チャレンジできるのかもしれないと、今は思う。

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10月4日発売の「サッカーダイジェスト」に寺野典子による中居時夫選手のインタビュー記事が掲載されていますので、是非ご覧下さい。

中居選手のブログはこちらです→ 中居時夫オフィシャルブログ